ゆかいないたち村
寝ない+泣き虫+べったり赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?   初めて育児の悩みを解決する生活改善レシピ!

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「チェルノブイリ・エイズ」ー知られていない被ばく症状

チェルノブイリのかけはしの野呂美加さんのブログより
「チェルノブイリ症候群」


私も事故の年の6月に野呂さんの講演を聞きに行きましたが、
放射能の影響はガンや白血病ばかりではない、
むしろ体の免疫力が落ちて自分の体の弱いところに
様々な症状が表れるというお話にとても驚きました。


汚染地の子供達はみんな「病気の花束を持っている」と言われ、
数々の小さな症状が重なり、全くの健康体の子供は2割にも満たない。
ガンなどの大きな病気以前に、それだけ放射能は
微量であっても人間の体をむしばんでしまうのだと。
足がいつも痛い子、心臓が痛くて走れない子…
大きな病名がつかない、そういう小さな不調はすべて
原発事故とは無関係(因果関係が特定できない)とされ、
これまで世界の人々に知らされずに来ました。


放射能は脳など中枢神経の障害を起こすという報告もあります。
被ばくして記憶障害、人格障害が起こったりした例は、
チェルノブイリでも多く報告されています。


そして今、特に今年に入り、身近な人の体調不良や突然の不幸を
耳にすることが、私自身とても多くなったように思います。
心筋梗塞による突然死、若い人(20〜40代)の脳梗塞や白内障、
異常なだるさ、何ヶ月も止まらない咳、白斑症状、喘息の悪化…


別に、これらが全て放射能由来だと言い切るつもりはありません。
ただ、放射能と言えばガンや白血病だけだというのはあまりに無知です。
放射能は細胞を老化(酸化)させる(活性酸素を多量に生み出す)
と言われています。ガンのような大きな病気に発展する前に、
免疫力が落ちて自分の弱いところに症状が出始めるのは
普通に考えたらあまりにも当然のことではないでしょうか。


実は私自身、今年に入ってから、今までにない不調を経験しています。
2月頃に喉の扁桃腺辺りに白い小さな膜のようなものができ、
それがある間は常にだるく、何ヶ月も続けて風邪を引いたまま。
そんなこんなで冬場から7月くらいまでしょっちゅう炎症を起こし、
そのたび強い抗生物質でやっと収まる、というのの繰り返し。
かかりつけ医によると、その白いのは「擬膜」と呼ばれるものだそうで、
抵抗力が落ちて、粘膜が炎症を起こしていると出るそうです。


そのうち中耳炎を繰り返したりして、今年の前半はさんざんでした。
風邪の間は咳や頭痛もひどく、体力が落ちる一方。
結局、夏休みに今年もハゼ子とシドニーへひと月ほど
保養に行ったのですが、それですっかり良くなったのです。
日本では炎症を抑えるために漢方の柴胡清肝湯が重宝していましたが、
向こうに着いてからは3日ほどで喉も耳もすっきりで薬要らず。
あれだけ何ヶ月も苦しんでいたのに、驚きました。


粘膜の炎症、繰り返す風邪、止まらない咳、頭痛、中耳炎…
この「チェルノブイリ症候群」の記事を見ると、
やっぱり当てはまるなぁと思ってしまいます。
特に私の場合、頭痛は今までほとんどなったことがなく、
「頭が痛いってどんな感じ?」と思うタイプだったのに、
今年は(今も含めて)軽いものを入れるとずいぶんなってます。
漢方の先生に頂いた釣藤散が合っているようなので助けられてますが…


帰国してからは、1ヶ月くらいは調子が良かったのですが、
また時々擬膜が出て、風邪を引いて調子を崩したりもしています。
とはいえ、出発前よりはずいぶん体もラクになり…
仕事などいろいろを無理しすぎると擬膜が出やすいようなので、
頑張りすぎもほどほどにしながら頑張っています(笑)


以上は私の個人的な体験ですし、もちろんこれらも放射能とは
何の関係もない、単なる私自身の不摂生かもしれません。
でも、仮にそうだったにしても、今の日本で広まっている
「放射能の影響はガンと白血病だけ」という認識は改めてほしいです。
そうでなければ、事故から5年後10年後、今のマイナートラブルが
本当に取り返しのつかない病気につながっていくことは、
チェルノブイリの歴史を見れば、何よりも明らかなのですから。


よく、「そうやって気にしているからこそ、症状も強く表れるのでは?」
と言われることもあります。確かに一理あるなと思います。
気にしているから、一つ一つの症状に過敏になる、ということでしょうか。
確かに、私の周りを見ると、みんな(気にしてない人達)は
今まで通り元気な人ばかりのような気もします。
ただ一方で、私の身近でも、若くして病死・突然死されたり、
大きな病気にかかったりする方がすでに何名か出ているのも事実です。


そんなに放射能が気になるなら移住したら?と思うでしょうが、
家庭の事情もあり、なかなかそうもいきません。
人は人、自分は自分。
おのれの直感を信じ、やれることをやるしかないと思ってます。
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テーマ:放射能対策 - ジャンル:育児

白血病の息子が教えてくれた医者の心(丹羽靭負)




ネットでたまたまこちらの本を知りました。


白血病の息子が教えてくれた医者の心』(丹羽靭負)


今、日本で子育てをしている私達にとって、
他人事と避けては通れないこのタイトルに、
思わず引き込まれるようにして一気に読みました。


本を知ったきっかけとなったサイトの文章を引用させていただきます。




白血病で亡くなった息子が抗がん剤は拷問以上だと教えてくれた

私が抗がん剤を使わない、なんとかがんを治すクスリはないかと生薬の研究を始めたのは今から27年前。私の息子が小学校2年生で白血病になりまして、抗がん剤で生き地獄を見まして、死んで行きました。そのことがキッカケです。

当時、京都大学医学部を卒業して23年。京大で私はSLEの専門家だった。(全身性エリテマトーデス。自己免疫疾患のうち、代表的なものが膠原病で、膠原病のうちもっとも多臓器にわたるのが特徴なのがSLE。自己抗体や免疫障害を主微とする疾患である)英語の論文を20以上書き、東大の患者もほとんど私が診ていました。
患者さんが来ると、まずはプレトニン(ステロイドの一種)を20錠くらい飲ませる。ところが、プレトニンでコントロールできるのはわずか10人のうち5人。あとの5人はなんぼ飲ませてもびくともしない。プレトニンを100錠、200錠、点滴のなかに入れてばんばかやるわけだ。次に抗がん剤をやるわけだ。がんというのは、人間の正常な細胞とそれよりも何十倍も強いお化けみたいなものとが共存しているんです。

抗がん剤をやると患者さんはゲーゲー吐きながらしんどいと訴える。そうすると医者は、検査のデータを見せて、あんたなにをいっているんだ。このとおり抗がん剤でガンが小さくなっているのに。マーカーの数値が下がっているのを見せられて患者さんは「すみませんありがとうございます。ゲーゲー」と感謝する。そこでまた抗がん剤。ゲーゲーやる。人間が死にかかったら抗がん剤をやめる。がん細胞がどんどん大きくなってマーカーが3倍4倍。また抗がん剤やる。患者さんゲーゲーやる。先生もうやめてくださいという。なにいってるんだ、マーカーが下がったじゃないか。あ、ありがとうございます。ゲーゲー。また途中でやめる。マーカーが上がる。またやる。ゲーゲーありがとうございます。を繰り返しながら苦しんで死んでいかなければならないんです。
がん細胞のほうが絶対に人間の細胞よりも強い。絶対にがんよりも人間のほうが先に死ぬ。それは自然の摂理であります。
僕はそんなこと分かっていたけど、卒業して23年。大学でもこれしか教えてくれないし、教科書もこれしか書いてない。だから何百人ものがん患者さんが抗がん剤でみんな苦しんで死んでいくのを見届けるしかなかったんです。
ちょうどいまから27年前に私の自慢のかわいかった長男が白血病になりました。親子だから自分の病院に入院させたら注射も駄々をこねてさせてくれないと思い、当時、西洋医学が全てと思っていた僕は、高知大学病院に入院させました。先生たちは丹羽先生の子供だから最上級の治療を、と言って、高額な抗がん剤をばんばん打ってくれました。1年3ヶ月。おそらく医者が何万人集まってもこんな凄惨な死に様は見ていないというくらいの地獄を見ました。私は医者をやりながら神さん、仏さんはどうして自分のいちばんかわいい息子のこんなむごたらしい姿をみせるのだと。神さん、仏さんはなにを考えているのだと思いました。
私は息子の剛士が亡くなって初めて目が覚めた。私が何百人ものがん患者に抗がん剤をやっていたけど、そんなの効果がないことは分かっていた。だけど、これしか大学では教えてくれなかったし、本にもこれしか書いてない。私は23年間、何百人ものがん患者さんを苦しめて死なせてしまった。神様が私に抗がん剤をやめさせるためには他人様を苦しめても分からないから、自分の最愛の息子の、この世の最悪の生き地獄で見せないと分からないだろうと。
この詳しい話は「白血病の息子が教えてくれた医者の心」と言う本になっていますからよろしかったら読んでください。
この本に書いてあることは、私は何百人という末期がん患者さんを診てきて、患者さん本人には言わないけど、必ず家族を呼んで、ご主人はがんの末期でどうしてもダメだと言ってきました。一生懸命にやってきたけど、もう胃の出口ががんでふさがっている。だから何を食べさせても吐きますよ。坐骨の骨にもがんができて、痛み止めはなにも効きませんよ、あきらめてくださいと言う。そうすると10人中5人はあきらめきれない。

患者さんがいっぱい待っている私の診察室に入ってきて私の袖を引っ張って、先生、うちのとうちゃん、痛い痛いって苦しんでいる。なんとか痛くないようにしてくれないか、もう3日も何も食べてないから、おかゆくらい食べられないかと。3時間前に胃の出口が全部閉鎖された、と言っているのになにがおかゆ一口だと。坐骨にガンができているから痛みは取れないと言っているのに、まあ、物分りが悪いなあと。私は診察が終わるのが夜10時、11時。それから末期がん、進行がんの患者さんのケアしなければならない。あそこが痛い、血が出た、吐いたと看護婦さんから電話がかかってくる。それを12時くらいまで指示したりしてそれから勉強を始める。僕は30年間寝るのは3時。こんな人を取り合っていたら寝る時間なくなってしまう。とんでもない、生きていけないと、僕は逃げていました。
ところが今度は自分の息子ががんになった。やっぱり同じことやっているんだ。僕は医者だからあと1週間で死ぬ、あと3日しかもたないというのが分かる。頭では分かっても、心はそんなもんじゃない。もう死ぬ寸前までやっぱり助かって欲しい。土下座でもなんでもする、助かってほしい。
血を吐いて苦しんで「とうちゃん助けてくれ」と息子が言えば、ナースコールのボタンを何度も押す。しかし誰も来ない。このヤローっと、医局に怒鳴り込んでいく。このばかたれー、おれの息子があんなに苦しんでいるのにお前らはなにをやっとりんじゃー!と。
最後はなにんとかしくれーと土下座していた。その無様な姿は、今まで亡くなった患者さんの家族がすがりついてきた姿となんら変わりがない。みーんないっしょなんです。医者であろうが、なんとか助けてくださいと願う気持ちしかないのだと。そのとき初めて目が覚めた。いままで亡くなられた患者さんとその家族に申し訳ないことをした。
私は剛士が亡くなるまでは、抗がん剤をばんばん使った。患者さんはのたうちまわって死んだ。家族はわんわん泣いた。私はそこへ行って脈とってご臨終ですと言うだけ。そのあと部屋に帰ってテレビ見ていた。
がん患者が苦しんで死んで、訴えられた医者なんかこれまでにひとりもいないんですよ。これは普通のお医者さんの日常行事のひとこまなんです。それがあほらしくて、誰が医者なんかやるものかと。
この本は、一般の人に勧めるというよりも、医者、看護婦さんが読まなければいけない本だと思う。自分がそんな目にあったら、間違えなく同じことをやりますよと。患者さんの家族を粗末に扱ったらばちがあたりますよと。





病気で子供に先立たれる。
親として、この世に生まれた一人の人間として、
これ以上の辛く苦しい経験がほかにあるのでしょうか。


私自身、もし子供を失ったらとてもその先を一人で
生きていく気力はないだろうと、いつも考えます。
だからこそ、今はまさに自分のことはそっちのけで、
日々子供を守ることに必死な毎日なのです。


それでも、将来子供の身に万が一のことがあったら…
そんな一抹の不安が襲ってくる時、この本を知り、
手に取らずにはいられませんでした。
そして一気に読み、特に後半はずっと涙が止まりませんでした。


白血病は、私の中では、この世で最も恐ろしい病気に思えます。
肺ガンなどの臓器ガンももちろん困難で怖い病気ですが、
幸運な場合には手術で解決することも可能でしょうし、
抗ガン剤などは使わず、食事療法や生活改善で克服した例も多く聞きます。


でも、血液のガンである白血病となると、
悪い血液を取り除いたり、全取っ替えすることはできないわけで、
骨髄移植ができなければ、一般的には化学療法に頼るしかないですよね。


でも、むしろその化学療法の副作用が原因で死期が早まる。
かといって、何もしないでいれば若い人ほど進行が早い。
最愛の家族を助けたくても、その唯一の手段が
目の前の家族に、筆舌に尽くしがたい苦しみを与える。
なんというこの世の地獄なのかと、想像しただけで辛くなります。


あまりに月並みな言い方でお恥ずかしいのですが、
この本の著者、丹羽さんは本当に尊く、立派な方だと思います。
大切な大切なお子さんの死を乗り越え、ガンに効く生薬の研究を進められ、
今ではご自分の病院でそのオリジナルの薬で治療にあたられている。
それは、これから同じ病気で闘う人達にとってどれだけ救いになることか。


丹羽さんは本の中で何度か、息子さんやペットの動物達など
大切な存在が「十字架にかかったおかげで」と表現されていますが、
私から見れば、丹羽さんご自身が十字架にかかられて、
私達を救おうとされているように思えるのです。


今、私が子供に望んでいることといったら、
健康に成長し、結婚して子供を産んで、おばさんになって、
「最近太っちゃったのよー50も近いと代謝が落ちるのよねー」
なんて普通に笑ってる姿を見せてもらいたい、ということです。


普通でいいんです。普通がいいんです。
どうか、神様、今の子供達に健康で平和な将来をお願いします。
そのためには、私はできることを何でもします。
どうか、日本の子供達みんなを守って下さい。
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「ある自主避難者の証言」4歳のお子さんと二人で福島から新発田市に自主避難しているお母さんの話

ずっとブログご無沙汰でしたが、ツイッターでとても
心を揺さぶられる話を聞き、多くの人達に知ってほしく、
こちらでもリンクさせていただきます。


「ずくなしの冷や水」様ブログのまとめより以下転載
http://inventsolitude.sblo.jp/article/78443656.html


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太陽のイビキ ‏@taiyonoibiki 氏の2013/10/16の連続ツイートから全文転載


「ある自主避難者の証言」
~4歳の子供とふたりで、今年1月に福島中通りから新発田市に自主避難してきているお母さんのお話です。 2013年10月5日(土)pm7時から~ 新発田市きやり館あやめの間


 私は、今年(2013年)1月、福島県中通りO村から4歳の子供と二人、新発田市に自主避難してきました。O村には、祖母、父、母、兄を残してきました。 私のふるさと、福島県安達太良郡O村は、福島第一原発のほぼ真西約40キロのところに位置しています。盾のように連なる安達太良連峰西側の緩やかな扇状地の上に拓かれた村でした。扇状地に湧く豊かな水ときれいな空気と東南方向から降り注ぐ日光を利用して、米、野菜を始めとする農業が栄え、農村としては珍しく、わずかずつですが、人口も増えていました。
他のところはみんな合併してしまいましたから、安達太良郡で今でも村として残っているのはO村だけです。私はそのことをとても誇りに思ってきました。でも、今は飯館村に次いで汚染が激しいところです。
 これから私がお話しすることについては、人によって意見の相違があり、絶対だとは言えません。あくまでも、私個人の見方だと思って聞いてください。
 私は、原発や放射能のことについてほとんど何も知りませんでした。ただ、以前、私が勤めていた会社の上司が脱原発だったこともあって、他の人よりはほんの少しだけですが、意識していたかもしれません。その上司がよく言っていたことは、「ベントという言葉を聞いたら危ない。すぐ逃げろ!」でした。でも、私がその言葉を聞いたのは、事故が起こってから数ヶ月も経ってからでした。
私が引っ越しを考えた最初のきっかけは、3月12日に1号機にヘリコプターで放水(注:自衛隊ヘリコプターによる放水は2011/3/17、3号機に対して行われた)しているのをテレビで見たときで、それから、汚染水をオガクズで止めるとか言っているのを聞いて、ますます怖いと思うようになりました。でも、震災で水道もガスもストップしていたときは、みんな外で行動していたわけですよね。
 3月15日から25日まで、私は群馬県の親戚の家に避難していたのですが、そのとき、赤城山が真っ黄色になっているのを見て、とても不気味に思ったことを覚えています。後で聞いたことですが、花粉というのは放射線を浴びると大きくふくれるのだそうです。あんなに離れたところにも放射能は届いていたのですね。
 今でも後悔していることは、なぜあのときすぐに引っ越さなかったかということです。そうすれば、子供を被爆させないですんだのにと思うと、とても罪悪感を感じます。
 すぐに決断できなかった理由は、私がそのとき仕事のために1年間の在宅業務の研修を受けていたからです。私はシングルマザーなので、自活するためにどうしても収入が必要でした。放射能への恐怖はありましたが、どこか認めたくないという気持ちもあり、少なくとも1年はがんばろうと思ったのです。
 でも、その頃から子供の具合がだんだん悪くなっていきました。病院に連れて行くと、風邪と診断されました。でも、いつまでたっても咳が止まらず、だるそうにしており、反対に悪くなっていくようでした。
 あるとき、除染の作業をしていた人から「ここは口で言えないほど汚染されている。俺ならこんな所には絶対に住まない」と言われました。役場ではガイガーカウンターの貸し出しをやっていましたが、役場の人から「地表から1メートル以上離して、30分以上そのまま立っていなければいけない。それにあくまでも目安で正確な数値は出ない」と言われました。
 妹夫婦が、すでに新発田に引っ越していて、電話をすると「今すぐ、引っ越しておいで」と言います。反対に、祖母や父母や兄は「大丈夫だ。神経質になるな」と言いました。私は、シングルマザーで、そのことで迷惑をかけたし、そのぶん世話をするねと約束していたので、それからだんだん放射能の不安を家族に話せないような雰囲気になりました。特に、祖母は幼稚園バスまで子供の送り迎えをしたりして、それを張り合いにしていましたから、私は子供の体のことと板挟みで両方を裏切っているように感じました。
 村の中で、だんだん放射能について口に出せない雰囲気が広がっていきました。うっかりそのことを、友人に話して、「そんな気弱なことでどうするの」と怒られ、人間関係にもヒビが入っていくような気がしました。国は、除染、除染と言っていますが、それは除染して土を保管しておける休耕地のような空き地を持っている家の話です。私の家は、そんな余分な土地はありませんから、除染はしてもらえず、そのままにしてあります。風の強い日には線量計の数値が跳ね上がっていました。
 子供は、もともと外で遊ぶのが好きな元気な子で、ドングリとか草とか石ころとか大好きなのですが、「遊んじゃだめ!」と叱るのが辛かったです。
 家族は家で食べる野菜を全部作っており、それを子供に食べさせるのが楽しみです。その頃から、畑の周りのタンポポがみんな変で、50株も60株も同じ所から出て、その茎が全部くっついて異様に太くなってそこに見たこともないような大きな花が咲いて、気持ちが悪かった。田んぼに稗が大発生しました。あんなことは今までありませんでした。 野菜も今まで見たこともないような形のものがとれるようになりました。桃、トマト、トウモロコシ、タケノコとかそういうものを、巨大なシイタケとか食べさせようとするんです。家族は子供に食べさせるのが楽しみなので、食べないととても悲しそうな顔をするんです。干し柿なんかも、食べさせられました。他の家では、野菜や食物を作るのをやめて、花の栽培に代えたところもありますが、私の家族は頑固で、食べ物を作り続けました。
 そのころ、保養説明会というのがあって、そのなかで、放射能の危険があるので、干し柿は食べない方が良いというお話がありました。私は、このとき、初めて「ああ、放射能のことを心配してもいいんだ」と思って、そうしたら、知らないまに涙が出てきました。 それで、形の変な野菜の放射能を計ってもらおうと思って、役場に持っていくと、「役所が安全だと言ってるのが、わからないのか!母親がそんなことでどうするんだ!」と、逆にどなられました。結局、持っていった野菜は計ってもらえませんでした。
 放射能は禁句という空気はますます強くなり、幼稚園では外遊びを奨励、給食の食材も地元のものを使うという信じられないことが起こるようになっていきました。
 子供は気がつくといつも風邪を引いた状態です。鼻血をしょっちゅう出すようになり、いつも体がかゆいと言って掻いていました。桜祭りのときに、子供が裸足で水たまりに足をつっこんだんですが、数日経つと、足が腫れて膿がたまりました。医者は「風邪ではこんなふうにならないなあ」と言いましたが、放射能の影響については質問することができませんでした。病院でも、放射能を口にすると、鼻で笑われるような雰囲気がありました。クリスマスの日、朝から意識が朦朧として胃腸炎だと言われました。子供の視力がおかしいのに気づいて、医者に連れて行くと、屈折異常弱視だと診断されました。そのときから、子供はビール瓶の底のような厚い眼鏡をかけるようになりました。
 赤ちゃんからセシウムが検出されたお母さんの話を聞きました。母親としての喜びも奪われたような気がして悲しかったです。水道局で働く友人から5月にビーフシチューからセシウムが出たとか、9月に福一牛乳を飲んだ子供が全員嘔吐したとか言う話を聞きました。
 そういう話は口止めされているんですが、耳を塞いでいても自然に入ってきます。毎年、幼虫からカブトムシを孵している人で、みんな奇形になって死んでしまったとか、50代の人で腸にポリープができたり、穴があいたとか、病院に行ったり入院するようになった人の数は間違いなく増えていると思います。
 全く健康だった人が心筋梗塞になって急死したり、葬式が増えました。私の母も、心筋梗塞で倒れました。今までも心臓に問題があったことなどない人です。今はペースメーカーをつけています。バンダジェフスキー博士の講演で、博士が放射能と心臓病の話をされたとき、ああ、これなんだと思いました。
 私自身の健康もおかしくなっていきました。そういえば、ずっと マスクもしないで外で過ごすことが多かったのです。だるくて布団から起き上がることができなくなっていきました。仕事中にも眠くてしようがないのです。吐き気がして、駐車場に車をとめて、ぼんやりしていることが多くなっていきました。
 医者は鬱だと言い、薬が処方されましたが、全く効きませんでした。かえって目眩がひどくなりました。体にいつも弱電流が流れているような感じで、単純な作業をしようとしているのにやり方がわからない。気分転換のつもりで買い物に行って入ったお店で、そのまま訳が分からなくなって何時間も突っ立ているようなことが起きるようになっていきました。死にたくなったり、音楽がなると踊りだしたくなったり、判断ができない、自分でも何をしているのかわからない。放射能で脳をやられたハムスターが死ぬまでグルグル回り続けている映像を見ましたが、私もあんな感じでした。1ヶ月休職しましたが、1ヶ月経っても症状は悪くなるばかりでした。
 それで、どうにもならなくて新発田にきたのです。東電からは一回目に70万円出ました。生活費と引っ越しですぐになくなってしまいました。二回目に17 万円出ました。それと、生命保険を解約してなんとか現金を作りました。
 ところが新発田に引っ越してから、嘘のように健康が回復したのです。書類のことがあるので、O村の役場に電話すると、厳しく詰問されるような感じでした。それで、中途半端ではいけないと思って、新発田市に住民票を移しました。もう、福島に帰るつもりはありません。
 新発田の人は親切ですが、後ろ指を指されているような後ろめたさは感じています。私はカラオケが好きなのですが、福島ナンバーで駐車場にとめていると、なんだか申し訳ないようでいつも目立たない所にとめるようにしています。外食するときもそうです。服を買っても、皮肉を言われるような気がします。避難者同士の気持ちもバラバラになっています。
 明るく振る舞うようにしていますが、先のことを考えると真っ暗になります。 さいとうるりこ(仮名)

 
太陽のイビキ ‏@taiyonoibiki 氏のコメント
「ある自主避難者の証言」レポートを、リツィートしてくださった皆様、心からありがとうございます。避難者の声をじかに聞きたいと僕自身が強く思っていたので、この企画を立てました。けれども残念だったのは、参加者が少なかったことです。わずか8人です。
もともと、この「なくそう原発!しばた」は、バックになんの組織もなく、ただ柏崎刈羽原子力発電所の再稼働反対の署名を集めたり、原発や放射能について本当のことが知りたいという気持ちだけで集まった市民の会ですから、毎週水曜の夕方1時間、3~5人で新発田駅前でビラを配るくらいでしたから、宣伝力が小さいのは仕方ないけれど、8人というのはひどすぎると思いました。有名な人でなければ、ダメだとでも言うのでしょうか。斉藤(仮名)さんが、この話をするのにどれだけ勇気がいったか、それを考えると、なんだか彼女に申し訳なくてどうしようもありません。それで、こんな貴重な話をもっともっとたくさんの人に聴いてもらわなくてどうするんだ!と思って、ツィートしました。口述筆記したものをまとめたもので、抜け落ちたところもありますが、だいたいのことは伝えられたのではないかと思っています。


この連続ツイートに対するmasa ‏@zebra_masa 氏のツイート
福島から新発田に引っ越された(方の証言を紹介する)太陽のイビキ ?@taiyonoibikiという方のツイートを読んでると、やりきれなくなってくるけど、引っ越した事で体調の方はみるみる回復されたらしい。とりあえずは良かった良かった。シーベルトだベクレルだって前に自分の体調は自分が一番分かるものなあ。


@zebra_masa氏に対する太陽のイビキ ‏@taiyonoibiki 氏の応答
ありがとうございます。セシウムはナトリウムやカリウムをたくさん摂ることで、すぐ体外に排出されていくのか、きれいな環境に避難することで(ここだって必ずしもきれいだとは言えないけれど、O村に比べればずっときれいということです)体調も回復するようです。
(さいとうるりこさんは)「皆さんも一刻も早く避難してくればいいと思いますが、避難して来ても生活の困窮がすぐそこに迫っていて、そのことで避難者どうしの関係がギクシャクしているのが、悲しいです。
私は市の方から、嘱託で仕事をいただいたので、だいぶ楽ですが、仕事のない人も多く、皮肉を言われることもありますが、気持ちはわかるので悪いふうにとらないように心がけています。心がバラバラになったまま、故郷に残してきた祖母や父母、兄のことを考えると、とても苦しいです。子どもは元気に遊んでいますが、強度の弱視は治りません。決断を遅らせた私が悪いんだと思います」と、言っていました。


ずくなし注
福島県中通りO村の最近の空間線量率は、高いところは0.41μSv/hある。
--------------------------------


はじめてこれを読ませていただいた時、斉藤さん(仮名)の
お気持ちを思うと、涙が止まりませんでした。
それは私自身が日々感じている苦悩とすごく重なることばかりだからです。
もちろん、斉藤さんと私は住む地域や家族構成、生活境遇など、
違う点もありますが、同じ母親として気持ちがものすごく分かる。
だから、これまでの斉藤さんの辛さ、とても他人事とは思えませんでした。


私もずっと思っていることですが、放射能が健康に影響がないのなら、
原発内にある格納容器は何重もの層構造にして核を閉じ込める必要もないし、
100bq以下の放射性廃棄物をドラム缶につめて厳重管理する必要もないはずです。
それが今では東日本を中心に、大地にも海にもぶちまけられ、
2年半以上もやりっぱなしにされたまま、国や自治体の偉い人達は
「大丈夫です」「安全です」としか言ってくれません。


「母親がそんなことでどうする?」ですって?
私がその場にいたら、そんなことを言う人間はぶん殴ってやりたい。
冗談じゃないよ。誰が何と言おうと放射能は毒物なんです。
その危険から少しでも子供を遠ざけようとすることの何がいけないんでしょうか。
生物としてきわめて自然でまっとうな行動ですよ。


震災から2年以上経ち、私達母親の敵には、放射能そのものだけでなく、
事故をなかったことにしようとする人達の圧力まで加わっています。
どうか東日本のお母さん達(私自身も含め)が、そういう圧力から逃れ、
少しでもストレスの少ない子育てが実現できる世の中になりますように。
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テーマ:放射能対策 - ジャンル:育児

What's New!

New!【2009年11月】

子育て専門ウェブサイト
baby×babyに ゆかいないたち村の「赤ちゃん家族ごはん」の中から

鮭の手作り魚肉ソーセージ

sake-sau1.jpg

が新たに紹介されました!

パクパク期・完了期の赤ちゃんに
着色料や添加物フリーの安全な
ソーセージを手づかみで食べさせたい、
そんな希望に応えてくれるレシピだと
運営者の方にも喜んで頂けました☆

他にも離乳食レシピの豊富な
baby×babyサイト、
ぜひ覗いてみて下さいね~

baby×baby 離乳食完了期レシピ集
ページへGO!

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【2008年5月】

ウェブサイト【こそだて】
緑黄色野菜のポタージュ

greenpotage.jpg
が紹介されました!

【こそだて】我が家の離乳食レシピ
ページへGO!

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※子育てサイト運営者様へ※

当ブログの離乳食レシピや
その他育児アイデアの掲載のご依頼、
随時受付しております♪
ご希望の方は管理者宛コメントにて
お知らせ下さいませ

はじめまして

寝ない赤ちゃん、抱っこ虫さん、夜泣き、母乳育児、毎日の離乳食、おもちゃ選び…などなど、はじめてのことばかりの育児。時には泣きたいことだってたくさんありますよね~。そんな悩めるお母さん(自分自身も含め)を応援するブログです!


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プロフィール

いたちむら

Author:いたちむら
 2006年8月生まれの甘えっ子女児ハゼさんを猛烈育児中。寝ない+泣き虫+べったりの赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?寝ても覚めてもいっしょのハゼさんとの毎日、専業主婦の毎日をもっともっと楽しくしたい!と思って書き始めたのがこのブログ。超インドア派・体力ゼロのぐうたら母がハードなお子さんといかに楽しく&楽して過ごすかをつぶやくページです。
 2008年の春からハゼさんを保育園に預けて職場復帰。待機児童問題に巻き込まれ、数々の保育園転園を経験しつつ、2010年からやっと認可園に落ち着きました。ここ最近、やっと子育ての春がやって来た感じ?です。ハゼさんと過ごす日々は常にチャレンジの連続!笑いと涙のデパート!そんな日々をこれからもリアルタイムにお届けします♪

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「いたちむら的子連れ外食日誌」
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New!【2011/03/04】
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ハティフナット 吉祥寺のおうち♪

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by AlphaWolfy

最近の記事

ハゼさんお気に入り絵本

自分の本は図書館で借りるいたちむらですが、ハゼさんの絵本はやっぱり自分専用のを用意してあげたいと思ってます。数は少なくてもお気に入りのものを…ハゼさん大好き絵本はこれ!

★第1位★
はらぺこあおむし

いたちむらの親友で3人の子育て中ママから出産祝いに頂いたのがこれ。あおむしの食べた穴に指を入れたり、蝶々のページをパタパタさせたりといろいろ遊べるさすがのベストセラー。

★第2位★
どうぶついろいろかくれんぼ
たのしいおもちゃかくれんぼ

楽しい型抜き絵本。ページをめくるとかわいい動物さんやおもちゃ達が現れます。色使いがほんとにきれい!赤ちゃんでもめくりやすいページが嬉しいです。ハゼさん大好きなワンワンも、おままごとセットも出て来ます。

★第3位★
いないいないばあ

杉並区の4ヶ月検診時に頂いた絵本。赤ちゃんて いないいないばあ 大好きですよね~。ハゼさんもしょっちゅう絵本を持ってきて「やって~」とおねだりしてます。

村のおすすめアイテム

【amazon.co.jp】

おなじみのamazon。いたちむらは、本はもちろん赤ちゃんグッズもここをヘビーユースしてます。バンボはamazon限定色ミントグリーンを購入しました♪

【ベルメゾン】

なかなか外出できないママのための定番通販サイト。ここで買った窓枠物干しが我が家ではフル稼働してます。 ベルメゾンネット

【ファーファハンドパペット】

これ、めっちゃかわいくないですか~??あのなつかしい洗剤CMのファーファがハンドパペットに!!唐突ですが、あまりにかわいいので載せちゃいます♪

【ゼノア化粧料通販】

合成界面活性剤を使わない、昔ながらの化粧法。70有余年の歴史がある会社。いたちむらはゼノア歴7年になります。

【徳山ベビー TB Style】

medela など輸入品も揃うのが嬉しいベビー用品店。初期の頃ハゼさんの哺乳瓶はここで買ったmedela ソフトカップを使いました。乳頭錯誤を防止します。

【ベネッセのママサービス】

いたちむらもお世話になったウィメンズ・パークにくわえて、食材宅配サービスも充実しています☆

ウィメンズパーク-ベネッセ-

ベネッセの食材宅配[ベネッセアンファミーユ]

【楽天市場】

言わずと知れたネットショッピングの大御所です。いたちむらも日用品はこちらで調達しています~

【FC2ホームページ作成】

ゆかいないたち村もFC2で出来てます。

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【おまけ:いま気になってるコレ!】

年賀状印刷もうすぐですっっ☆
うちのプリンタもそろそろ買い換え時…?

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