ゆかいないたち村
寝ない+泣き虫+べったり赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?   初めて育児の悩みを解決する生活改善レシピ!

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人見知りはいつ終わる? その1

人見知り。6~12ヶ月の赤ちゃんならたいていの
赤ちゃんはするというあの人見知り…。
皆さんちの赤ちゃん様はいかがなもんですか?


お察しの通り、うちのハゼさん。


生後5ヶ月を過ぎた頃から見事な人見知りさんでした…
寝ない、泣きやまない、に続いて、ママにべったり人見知り。
キミはヘレンケラーか?三重苦か?と言ってやりたいハゼ丸です。


当時のハゼさんは、一緒に暮らしている私達夫婦以外は、
おじいちゃんはもちろん、おばあちゃんであっても、
そしてよくハゼさんをかわいがってくれる私の叔母に対しても、
突然家に遊びに来れば、警戒心でガチガチに固まり、
ひょいっと抱っこされた日にゃあもうとんでもないギャン泣き。


いつだったか、私が母とハゼ連れで出かけた折に、
バス停でバスを待っていて、私が抱っこひもを装着している間だけ、
ぐずりかけたハゼさんを母に抱っこしてもらったら、
とんでもない金切り声で泣き叫び、のたうちまわるハゼ丸でした。
そばを通った通行人の人々は、どう好意的にとったとしても
うちの母とハゼ丸の関係がまさか実の孫と祖母だとは思わんだろう…
そのくらいとんでもない暴れっぷりを披露したハゼ子でありました。


ただ、うちの母や叔母のような女性にはいつしか慣れて、
ついには、どうしても人見知りするのは男性に対してのみ、
それも特におじいちゃん(私の父)にだけ、と変化していきました。
そしてこのおじいちゃんに対する人見知りだけはずっとおさまらず、
本来なら人見知りが終わると言われている1歳を過ぎても続きました。
今日から始まるこの「人見知りシリーズ(2時間ドラマみたいだ…)」
では、ハゼさんとおじいちゃんの歩いてきた長~い道のりについて、
いつものように数回に分けてお届けしていこうかと思います。


話はいったん飛びまして。


ことの発端はいたちむらの妊娠中期の頃でした。
確か戌の日の帯祝いで実家に帰った時に、
両親に何気なく聞かされた、二人の「子育ての秘訣」。
それはこんなアドバイスでした。


「赤ちゃんが産まれたら毎日泣くたびお世話で大変だけど、
夜中赤ちゃんが泣き出したら、お腹が空いてないか、
オムツが濡れてないか、何か痛い・寒い・暑いなどがないか、
一通り確認して、何でもないのにそれでも泣いているのなら、
泣かせたままにして相手にしない こと」


「こうやってしつけて、三日三晩泣き声を我慢すれば、
とっても育てやすいお利口さんな良い子になるのよ」
「でないと抱き癖がついてしまって後が大変だぞ」
いたちむらの両親は口を揃えてそう言いました。
私は………真剣にこのアドバイスを私に伝授しているらしき
両親を目の前にして、正直あ然とする以外ありませんでした。


まだ妊娠中の新米母とは言え、すでに毎日毎日お腹に
ハゼさんの存在を感じて愛しく楽しみにしている私にとって、
このアドバイスはどうやっても腑に落ちない考え方の極みでした。
そして、当の自分が実際にそうやって育てられてきたのだ、
という事実を目の当たりにして、内心非常にショックを受けました。
二人のアドバイスに「…それってサイレントベビーってやつじゃない?」
とさりげなく抵抗を見せたいたちむらではありましたが、
「お前が大変になるだろうからアドバイスをしてやってるんだ」
と、その場では逆に父に憤慨されてしまいました。
自宅に戻ってダンナくんにもこのことを話しましたが、
やはりダンナくんも私と全く同じ違和感を感じていたようです。


それから約半年後。


この世に皆さんご存知の、あの寝ない泣きハゼが産まれました。
かわいい我が子の誕生に喜びつつも、怒濤のような産後生活。
里帰りしなかった私を、両親は心配してのことだったのか、
「赤ちゃんが寝ない…泣きやまない…」と電話越しに話したら、
「だから抱き癖がつくと言ったじゃないか」と父に叱られました…。
そしてその後、ハゼさんが生後2ヶ月くらいのことだったでしょうか、
私の祖母(ハゼさんのひいばあ)を両親が車で連れてきてくれた時、
父が今度はダンナくんに例の「アドバイス」をこんこんと話して、
「小さくたって、ちゃんとしつけが必要なんだ」とか、
「(私とダンナくんが)大変だろうと思うから心配してるんだ」と
言って聞かせているのを、隣の部屋で授乳しながら聞いていて
非常に暗い気持ちになったいたちむらでありました。


0歳児にしつけ?泣かせっぱなしにする?


ちなみに、いたちむらの父は元来真面目で娘思いな父親です。
家族のために一生懸命働いてきた人で、別にお酒やギャンブルや
借金などがあるわけでもなし、至って普通の真面目な頑固親父です。
そしていたちむら自身も、そんな父のおかげでここまで来ました。
私もそんな父には感謝していて、決して嫌いではないのですが、
その教育方針についてはこれまでもずっと???なところがありました。


しかし、一人暮らしで親元を離れて以来、いたちむらは
妊娠・出産するまでそんなことも忘れて暮らしていたのです。
両親との関係も当然すこぶる良好でした。
それがお産をきっかけに、私の頭の中には自分自身が
育てられてきた頃のことが次々にフラッシュバックされました。
そして父の?な教育方針に再び正面からぶつかることになる…
全ては今回の出産がきっかけでした。


そんな背景で続いたハゼさんの人見知り。


いたちむらの母は、ハゼさんのそけいヘルニア発症以来、
「泣かせっぱなしにする派」から「すぐ泣きやませる派」に
いつの間にか転向していました。
しかし父は相変わらず、私達が泣き虫ハゼさんを必死で
あやして抱っこし続けるのを、苦い顔をして見ていました。
そして常に「お前達の育児方針には納得がいかない」と
会うたびに私達に言っている父でした。
ついに、いつしかハゼさんが人見知りするのは、
そんなおじいちゃんに対してだけ、となっていました。
1歳を過ぎても相変わらずおじいちゃんを見ただけで
恐怖の人相に早変わりしてギャン泣きするハゼさん。
父の方も、それだけ泣かれてもハゼさんに
ニコニコしていられるほど人格者ではありません。
私達は密かに、ハゼさんの人見知りは父の態度のせいだ、
と思うようになっていました。


と、まあそんなわけで、我が家の人見知り事情は少し特殊ですが、
どうなる?ハゼ子の人見知り!!続きはまた次回で~すヾ(・ω・ )
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人見知りはいつ終わる? その2

前回のその1に引き続き、今日も人見知りのお話でっす。
まさにあの時代らしい、徹底的「抱き癖」論者の父と
ミルク至上主義の母の子育てアドバイスに反発しつつ
自分達なりの子育てに明け暮れているうちに、
気がついたらおじいちゃんにだけ極端に人見知りを続ける
ハゼさんがいました。その時点でもう1歳くらい。


確かにね。


ハゼさんは、ほんっっっっとうに抱っこが好きなお方です。
ていうか赤ちゃんなら本来みんなそうだと思うんですけれど。
とはいえ、確かにハゼさんは究極のベッタリ赤ちゃんでした。
1歳8ヶ月で保育園入るまでは、いたちむらから半径2m以内に
必ずついてまわるようなお方で…ヘソの緒、ホントに切れてた?


2歳を過ぎた最近も、親といる時には絶対に親のいないところに
一人でタカタカ行っちゃったりすることはまずあり得ません。
ハゼさんと同世代のお友達には、鉄砲玉のように逃亡し、
どこ行ったかと親を心配させるほどの奔放な子もいるのですがね…


しかも、ちょっと歩いたかと思うと、すぐ「抱っこ!」。
特にダンナくんと出かける時は顕著です。
6歩に1度は「抱っこぉ!」(いたちむら調べ平均値)
と言ってくるハゼさん2歳7ヶ月であります…
歩く、ベビーカーに乗る、などその他の選択肢も豊富にあると
思うんですが…ハゼさんの辞書にはそのような言葉はないようで。


で、あまりに抱っこ魔なハゼさんのために替え歌を作りました。
皆さんご存じ、ウルフルズの「ガッツだぜ!」(古い…)
「♪抱っこだぜ!赤ちゃん魂~、抱っこだぜ!2歳過ぎても~」
…全国の抱っこ魔赤ちゃんをお持ちの皆様もご一緒にどうぞ…

しっかしハゼさん、この歌のかの有名な振り付け、
あのこぶしを握って腕を縦にぐいぐいと振るあれですね、
あれ教えたら、大喜びで抱っこされながらぐいぐいとマネてました。
そんな振り付けマネ出来るくらいなら、…歩け。


まあ、とにかくですね。


それくらいの抱っこ魔なハゼさんであることは事実です。
これを「抱き癖ついた」と言うなら、まあそうなんでしょう。
しかし、赤ちゃんてのは抱っこされてなんぼ、な生き物。
少なくともいたちむらとダンナくんはそう信じてます。


前回の人見知りの記事にコメントを下さった方が
いみじくもおっしゃっていたんですけれど、
「抱き癖」論って、まさに「大人優先」の子育てなんですよね。
育てる側が苦労しないように考案された子育て法。
もちろん、「子供優先」ばかりで子育てをしていたら、
場合によっては親が体をこわすなどして破綻する危険もあるけれど、
でも最初から「大人優先」で子育てしようとするのは疑問です。


とはいえ、ジジババ側も子育て中のパパママを気遣って
あえて「大人優先」子育てを推奨してくれているというのもあり、
どっちが正しい子育て法かという議論はこの際難しい問題だと思います。
本当に困ってしまうのは、ジジババ側とパパママ側とで
育児の方法論が食い違った時、それで両者の関係に亀裂が入ること。
特に、義実家とこの関係になるとママ的には相当苦しいでしょうね。
我が家の場合はまさにジジ対いたち、という冷戦対立構造に
ハゼさんの極度なピンポイント人見知りが油を注ぐという図でした。


しかし当時は、自分達自身も初めての手探り状態の子育てだったため、
普段の自分達のやっている直感的な子育てに「これでいいんだ!」と
奮起する一方で、ジジババの「大人優先」子育て論にさらされ、
「そんな風に甘やかしていたら将来どうしょもない子になるぞ」と脅され、
「やっぱ私、間違ってんだろうか…」と自信を失うことの繰り返しでした。
抱っこの結果、ハゼさんがワガママな子供になったらどうしよう??
という、先が見えない故の不安も当然ありました。


そんな時。


当時いつも通っていた桶谷の先生のこんな言葉に出会いました。
「子育てというのはね、親である大人が、
自分の思い通りにならないことを学ぶ場なのよ」


思い通りにならないことを学ぶ。


まさに、だと思いました。
人生には自分の思い通りにならないことがたくさんです。
もちろん、子供の頃だって、親の庇護下にあるために
自分の思い通りにならないことはいっぱいありましたけど、
大人になってみると別の意味で「思い通りにならない」こと
ってホントにたくさんあると思うんですよね。


その究極が、子育てという「人間対人間」の場で現れてくる。
私達親は、子育てを通して、自分の思い通りにならないことに耐え、
一方でそれを苦から楽に転換する工夫をするよう試されているのだと。
そうやって、大人優先に逃げずに工夫してきた努力は、
かならず自分自身のステップアップにつながるわけです。
そう思えば、子育ての苦労は決して苦しいばかりのものじゃない。
先生と話しているうちに、自分の中に覚悟が出来てきたいたちむらでした。


他にもダンナくんの上司で、もう2人の成人近いお子さんがいる方には、
「大丈夫だよ、赤ちゃんはいくら抱っこしたってワガママになったり
することはないんだから」と励まして頂きました。
うちの父と年齢も近い人なのに、こうまで違う考え方を
持っているのには正直驚きましたが、おかげで安心したものです。


しかしある日、事件は起こりました。


とまあ、今日は長くなったのでまた次回~
(…って、アンタ、連続ドラマかい??な終わり方ですんません~)

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人見知りはいつ終わる? その3

前回、「事件は起こりました!」みたいな展開にしておいて、
すっかりこちらのお話がご無沙汰になっててすみませんっっ
そんなわけで、今日は久しぶりに人見知り物語、再開です!


1歳近くなってくると、人見知りのターゲットは
唯一おじいちゃんだけ、となったハゼさん。
会うたびにお互いの間に張りつめた空気が流れ、
ハゼさん自身も、まるで逃げる一歩手前の野良猫のような
あの険しい表情でおじいちゃんを見つめるという日々。
一緒にいる私達もヒヤヒヤで、たまの実家帰りは正直苦痛でした。


そんな時。


ついに記念すべきハゼさん1歳の誕生日がやって来ました。
結局そんなこんなで、誕生日だからといって私達は実家には帰らず、
その代わりに母が、誕生日の前日、仕事が終わってからの夜に
ケーキを持ってちょっとだけ我が家に遊びに寄ってもらうという、
今考えれば、仕事持ちの母にずいぶん負担をかけるような計画でしたが、
当時は初めてのお誕生日ということもあり、そんな予定でした。


しかし、たまたまその日、いたちむらの父は仕事が休みでした。
元々夜は母と一緒に来てもらうつもり(呼ばない訳にはいかないし)
だったので、その上で先方が日中も暇ということになると、
「…じゃあ、お父さん、昼間から来る?」
な~んて展開になるわけでして。


いや、まあね。


ここであえて呼ばない、って手もあるんでしょうけど、
基本的にうちの父は、人と一緒に居たがるというか、
ちょっぴり淋しがり屋さんというか、
来る?って聞くと、…そ、そうか?みたいな感じで
やっぱり嬉しそうなので、つい呼んであげてしまうというか。
もちろん当時は私もいろいろあって複雑な心境だったんで、
よせばいいのに~、な状況かもしれないんですけど、
やっぱり親なんで「来れば?」と普通に声をかけました。


そんなわけで、父は日中、私とハゼさんしかいないところへ
やって来て、実家の畑で取れた野菜をぼんぼんと部屋に置き、
相変わらず怖がるハゼさんを尻目にひとしきり私と話をし、
それから車でハゼ子を近所の公園へ連れて行くことにしました。


出かけた先ではやはり時々私達の子育てに対する苦言を
ぽつりぽつりと出したものの、特別何ということもなく帰り道。
ハゼさんはドライブ中のほんの少しの間だけ昼寝をし、
家に夕方戻って私がご飯の用意をする時には普通に起きてました。


しか~し。


時は夕方
ご飯の準備でいたちむらは抱っこが出来ない
居間にはおじいちゃん


この3つの条件が揃った時、ハゼさんはどうなるか。
当然、おじいちゃんと見つめ合って立ちすくみ、泣きます。
おじいちゃんは素知らぬふりで、居間のソファにどっかと座り、
ハゼさんが泣こうがにらもうが、新聞など読んですましていました。
今考えれば父のこの行動は、父なりの最善を尽くした行動でした。
でも、私は料理をするから抱っこもしてられないし、
手の空いているはずの父は泣いてる赤ちゃんを放っているしで、
そんな状況の中、私は思わず父にNG発言をしてしまったのです。


「お父さんも抱っことかしてあげてくれない?」


この言葉に、父の怒りが爆発しました。
だから抱き癖が付く、お前達の育児は間違ってると言ったろう、
こんなふうに、料理をする間も待っていられないような
子供にしたのはお前の子育てが間違っているからだ、
それなのに何故俺に抱っこしてくれなどと頼むのか、
俺が抱っこしたってそれこそもっと泣くに決まってるだろうが、
(↑この部分は本当にごもっともですが)
と父は怒りにまかせて私を怒鳴りつけました。
当然、ハゼさんもとんだビックリ仰天だったことでしょう。
私はひたすら父に謝り、まあまあと何とかなだめるのに必死でした。
しかし、自分は間違っていないのに、何でこんなに怒鳴られなければ
いけないのだろうという納得のいかない気持ちは確かにありました。


その後、ダンナくんや母が揃うと父もだいぶ落ち着きましたが、
せっかくのハゼさんの誕生日に、父に納得のいかないことで
怒鳴られたことについては理不尽な気持ちが消えませんでした。
私の子育ては間違ってなんかいない。
せめてそこだけは、父に訂正してもらいたい気持ちでした。
そして、いつも何かというとすぐに怒ったりしてばかりの父と、
それにビクビクしている自分が本当にイヤになりました。
こんなにいつもプリプリしていたら、ハゼさんが怖がるのも
全く無理のないことだ、ハゼさんに嫌われるのは父が悪いのだ、
と私は強く思っていました。


すると、何と翌日!


普段だったら絶対に腫れない左のおっぱいが急に腫れました。
別に何か特別、乳腺炎になるようなものを食べたわけでもないし、
第一、いつも食べ物で腫れるのは、私の場合右ばかりでした。
赤くなってこちこちで、もう痛くて痛くてたまりません。
実はその2日前に桶谷に行ったばかりだったのですが、
緊急に先生に電話をし、「あらあら、じゃあ今すぐいらっしゃい」
と言って頂き、その日にすぐ診てもらうことが出来ました。


「いったい何があったの?つい一昨日来たばっかりなのに」
と先生に言われ、かくかくしかじかと昨日のことを話すと、
「これはもう、明らかにストレスが原因の乳腺炎ね」とのこと。
確かにおっぱいは食べ物のせいで詰まることもあるけれど、
それと同じ位、もしくはそれ以上に感情に影響されるものだそう。
例えば義実家に帰省した後のお母さんなどで、やはり同じように
おっぱいに精神的傷を負ってやって来る人は多いのだそうです。


「あなた、間違ってなんかないわよ」
「辛い思いしたわねぇ、大丈夫よ、あなたは間違ってないわ」
先生は何度もそう言いながら一生懸命手技をしてくれました。
私はそんな暖かい手技を受けながら、涙が止まりませんでした。
詰まってしまったおっぱいと一緒に涙もそこで押し出して、
先生達に励まされ、その日はありがたい気持ちで帰宅しました。


それにしても。


父とハゼさんの関係性はいったいどうすれば良くなるのか。
当時の私はそのことに本当に心を痛めていました。
もちろん、子育ての方向性は???な父ではありますが、
私にとっては大切な実の親なわけで、出来ることなら
ハゼさんもおじいちゃん大好き!という日が早く来て欲しい。
しかし、父の方がそういう態度ではいつまで経ってもダメでしょう。


母から父に言ってもらう、という手もあるのかもしれませんが、
実のところ母自身、完全に父が悪いとは思っていないようで、
まあ、母の場合は自分の仕事が忙しいのもあって、あんまり私が
このことを言っても、真面目に取り合ってもらえませんでした。
分かっているのはその程度のことで、あとは時間が解決するとか、
自分達がどうにか出来ることではないと落胆していました。


なるべく会わないように、という感じで時が過ぎていきました。
たまに会っても父は絶対にハゼさんと目を合わさない。
ハゼさんは、赤ちゃんとは思えない鋭い目つきで父を見る。
私達はその間、まさに身の置き所のない気分で過ごしていました。
それにしても、こんな悲しい孫と祖父の関係でいいのか?
いたちむらは自問しつつも、時がただ過ぎるのを見ているだけでした。


と、まあこんなところで今回のお話はおしまい~m(_ _)m
続きも、お暇な~ら~、見てよねっ♪
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人見知りはいつ終わる? その4

ハゼさんを連れて実家に帰ると常にピリピリした空気。
一体いつになったらこの人見知りは終わるのだろうか、
と思っていた矢先、ハゼ1歳の誕生日に父に怒鳴られ、
翌日突然ストレス性の乳腺炎になった、というところまで
前回のその3でお話ししましたが。


その後もやはり、会うのはたま~になのに、会えば必ず
ハゼさんと父の間に非常に緊迫した空気が漂い続けました。
まぁ、たまにしか会わないからなかなか慣れないのかもですが、
あの緊迫感を味わうと思うとそう簡単には会いに行く気がしません。


実際、ハゼさんは赤ちゃんとは思えない相当鋭い視線で
父のことを常にジッとにらみつけるように見ていました。
赤ちゃんって、見る時はほんとにジッと見るじゃないですか。
大人だったら怖いものからはむしろ目をそらすのに。
しかもハゼの場合、いたちむらではなくダンナくん似のくっきり顔で、
どっちかっていうと赤ちゃんにしては眼光鋭いタイプなんですよ。
私に似ればきっとこんな感じだったんでしょうけど、


roux.jpg

かわいいでしょ、これ。いたちむらのイメージ像です♪
(ずいぶん昔にネットで拾わせてもらった写真をずっと
大切にしてました。飼い主さん、使わせてもらいますね)

えっっ?美化しすぎ??
そっ、そんなぁ… あのね、私も一応人間なんで。


まあ、とにかくですね。


こんな愛くるしい目線だったらきっと父もあれでしょうけど、
(自分で言ってるし↑)
まぁあ~それに比べて確かにハゼさんの目線はきっついです。
実際、父は「ハゼ子の視線は怖い。」とある時ぽつりと言いました。
でもそんな視線を向けられるのは親戚中探しても父だけであり、
それは全て父がいけないのだと私は強く思っていました。


そんな気持ちが続いたある日。


近所のママ友達のSちゃんのお宅に遊びに行った時のこと。
Sちゃん家のパパは自営業なので、遊びに行くと自宅にいる
こともあり、会うとSちゃんとパパとみんなで話をしたり、
うちのダンナくんと家族ぐるみで楽しんだり出来る仲です。
その日もSちゃん宅では、パパとそのご友人がいらしていて、
とてもにぎやかな場にハゼ子とお邪魔させてもらいました。
そして、ここでの出会いで私は思いがけない収穫を得ました。


みんなで子育ての話で盛り上がっていた時だったと思います。
普段だったら私もあまり人に具体的に悩みを話したりとか、
心を開く方ではないのですが、そこに集まった人の空気が温かく、
何て言うかむしろ今の自分を聞いてもらいたい気分になり、
私はみんなに父と人見知りの問題を聞いてもらっていました。
すると、Sちゃんパパがこう切り出しました。


「それはおじいちゃんとハゼさんの問題というより、
もしかするといたちむらさんとお父さんの問題かもね」



そして、さらにそこへ続けてSちゃんパパのお友達が、
「そういえば最近そんな本を読んだなぁ」と教えて下さり、
それが「鏡の法則」という本でした。





Sちゃん夫婦はまた知的好奇心の強い人達でもあり、
「おぉっ、俺達もその本読んでみたいなぁ~」とノッてきて、
その場でオークションの最安値で本を落札し、自分達がすぐ読む
から、終わったら本をあげるよ!とまでお膳立てしてくれました。
私はその心温かい対応にもとても癒されました。
ほどなくしてSちゃんから本を届けてもらった私は、
夢中になって読みました。ダンナくんもその後読みました。


この「鏡の法則」、けっこうベストセラーだったようですね。
ここでいう法則の示すものとは、ずばり
「私達の人生の現実は、私達の心の中を映し出す鏡である」
ということです。言い換えれば、
現実に起きる出来事(結果)の原因は、その人の心の中にある、
それがこの本の一番のメッセージです。
この本に登場する人物は、まさにいたちむらと同じように
現実に起きている問題(小学生の子供のことに関する悩み)の
根本にある原因は、実はその人の父親との関係にあった、
という点で、まさにその時の私にあまりにも近い内容でした。


私自身、この本を読んだからと言って、すぐに父を許そうとか、
感謝の気持ちがほとばしったとか、そんな単純にはいきません。
そもそも、本一つですんなり解決出来たら、
こんなに悩んではいないような気もします。


しかし。


本を読んだ後、いたちむらは一杯一杯泣きました。
何だかとめどもなく涙が出て来て止まりませんでした。
特に、読んだことがある方は分かるかもしれませんが、
「寿司の話」のところでは号泣でした…
(って、もんのすごい個別な話ですいません)
その時すぐに自分でも主人公がしたようにやってみるとかの
実践はしなかったし、そこまで気持ちは高まらなかったのですが、
それでもずーっとこの本のメッセージは静かに
私の心の中にとどまっていました。
そして、明らかに以前と認識が変わったのは、


「ハゼさんの人見知りは、父が全て悪いのではなく、
ひょっとすると本当に私と父の関係の問題かもしれない。
ハゼさんはそれを映し出しているだけなのかもしれない」


ということで、すなわち私はこの時点で、
「自分と親の関係性を見直さなければこの人見知りは終わらない」
という認識に変わっていったのでした。
これに気付くだけでも本当に大きな収穫でした。
そんな気持ちに変わった頃、季節は冬の終わりで、
ハゼさんはもうすぐ1歳半を迎えようとしていました。


と、今日も長くなりましたのでこの辺で!
いつも見て下さってありがとうございますっ(>▽<)
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人見知りはいつ終わる? その5

人見知り話もついに佳境に入ってまいりました~
(前回のお話はこちらっ!→人見知りはいつ終わる その4


お友達のSちゃん一家の導きでベストセラー「鏡の法則」を読み、
私と父との関係性が改善されなければ、ハゼさんの人見知りは
本当の意味では解決しないのかも…と気付いたいたちむらでした。
とはいえ、私と父の問題は過去○十年にもさかのぼるものなわけで、
本が示すように感謝の気持ちと許すという行為を実践すれば簡単に
解決するとはなかなか思えず、問題は放置されたままでした。


ところで、前回までのお話を読んで下さった方の何人かが、
「それはいたちむらさんとお父さんの関係性のせいというより、
やっぱ単純にお父さんのせいなんじゃ?」と言って下さいました。
あはは。私も正直今でも少しはそう思う部分もあります(笑)
そして、そう言って下さる方がいて私もとても嬉しかったです。


ただ、私が出産を機に父のことをある意味うざったく思っていた
のは事実で、それがおそらく会うごとに私の態度に出てしまい、
そういうのもあって父も私達家族3人の輪に入って来づらくなり、
それでまた私達の子育てに否定的な態度をとってみたり、などと
相乗効果的にネガティブスパイラルにはまっていたのは本当です。
まあ、そもそも最初に「抱き癖どうの」とか「泣かせとけ」とか
妙なアドバイスしないでくれれば良かったわけですが( ̄△ ̄;)


んで、その後。


数ヶ月経ち、ハゼさんは初めての保育園に通い出しました。
そうして保育園生活が始まるのを知った父がまず言ったのは、
「社会性が身に付くし、良い経験じゃないか」
けっこうまともです。言うことも一応ちゃんと一貫しています。
さすがに言葉にはしませんでしたが、父の中ではきっと
これをきっかけに人見知りも緩和すると期待したことでしょう。


保育園に入り立ての頃のハゼさんはそりゃあもうよく泣きました。
何しろ人生で初めて親(特にいたちむら)と長い時間離れたわけで。
あの時の別離は、ハゼ子にとっても親である私にとっても
十分に意味のあるものだったと今では思っています。
現在、保育園生活を一年過ごしてみて、確かにハゼさんは以前よりも
社会性を身につけ、対人的にひと皮ふた皮むけた感があるのは事実です。
でもそれは2歳という年齢による成長のせいもあったでしょうし、
必ずしも「保育園に行かないと社会性が身に付かない」とは思いません。
ただ、この保育園デビューをきっかけに、確かにハゼさんは
次第に親べったり赤ちゃんを卒業し、よその大人やお友達とも
交流をするようになっていたというのはあると思います。


では父に対するこの保育園効果はいかに?


保育園にもだいぶ慣れてきた6月、ハゼさん1歳9ヶ月。
引っ越し後、初めて実家の父母が我が家に泊まりに来た日のこと。
一緒の食卓について、おじいちゃんと対面状態になると
さすがに固まって今にも泣きそうなハゼさんでしたが、
その時は以前よりはだいぶハゼさんもほぐれてきたようでした。


さらに驚いたことに、翌朝起きて皆でご飯を食べ、
ダンナくんが仕事に出た後ふとハゼさんを見ると、
何とおじいちゃんがたまたま開いたミッフィーの雑誌を介して、
なにやらおじいちゃんとお話ししているではありませんか!
どうやら「これがミッフィーで、これが…」みたいな感じで
おじいちゃんに大好きなミッフィーを説明しているようでした。


これにはたまげました。今までにはなかった展開ですっっ
おじいちゃんとものすごい至近距離でお話しするハゼさん。
さすがにこれは父本人も嬉しい驚きだったようで、
「やっと慣れてきてくれたか~」とその日の朝はご機嫌でした。


しか~し。


そんな展開に思わず父も油断してしまったのでしょうか。
その日は保育園を休んでハゼさんとジジババと私とで
日中ハゼさんの病院詣でに行ったり、軽くドライブしたりで
楽しく過ごした後の夕方、父が台所に立って晩ご飯を
用意してくれることになりました。


そうなんです。私の父はけっこう料理をする人なんです。
ここ最近、母が残業で遅くなる日は父が家事をしていたくらいで。
それは良いことなのですが、やはり父が我が家の台所に立つとなると
母もつい助っ人として並び、あれやこれやと手出し口出しします。
別に父の料理の腕が心配だからではなく、暇だとつい、ね。
でも男の人って、あれこれ指図されるの嫌いじゃないですか。
それで、ほとんどなくなったマヨネーズを使い切るかどうかとか、
そんなくだらないことをテーマに二人は我が家の台所でもめ始め、
ついには父が「うるせっっ!俺の料理だ!!」と母に怒鳴っていました。
まあ、気持ちは非常に分からんでもないんですけど(笑)


いったん火がつくともう瞬間湯沸かし器のように怒る父です。
リビングでハゼさんとのんびり遊んでいた私も、
仕方ないので何とか父をなだめようとするも、まさに火に油…
今度は怒りの火の粉が意味なく私にまで降りかかり、
とばっちりでいたちむらまで叱られてげんなりでありました。


それを一部始終見ていたハゼさん。


さっきまであれだけ距離の近づいていたハゼさんと父は、
結局その時以来、もとの緊迫状態に戻っていました。
父が近づくと固まる→にらむ→泣く…いつもの連鎖です。
当然、その後の晩ご飯では父と対面で大泣き状態に突入し、
ハゼさんはご飯どころではありませんでした。


明らかに、これは父の失敗です。
決してハゼさんの社会性とか何とかの問題ではありません。
むしろハゼさんが人間関係に対して敏感だからこそ、
そうやって始終ピリピリしたり、怒鳴ったりする父を見て
「ちょっとアンタそれってどーなのさ」と言わんばかりに
赤ちゃんなりに問題提起しているようにしか見えません。


やはり保育園に行ったからどうとか、抱き癖が付いたからとか、
我が家の人見知りはそういう問題ではなさそうです。
こうなるとやはり父自身が変わってくれるしか、
皆の関係性がスムーズになる方法はないのでは?とも思う私でした。
しかし、ただでさえ「人が自分を変える」なんてことは難しく、
その上父と来たら、団塊の世代を代表する頑固親父そのものです。
そんな父が変わることなんて、どう考えても不可能でしょう。


ただ、そもそもなぜ私の父はこういつもピリピリしていて、
しょっちゅう怒ったり怒鳴ったりばかりの印象なのか。
まあ確かに父はこれまでもすぐ沸騰するタイプの人でしたが、
それにしてもここ最近はあまりにその攻撃性が顕在化していました。
何かストレスがたまっているのかもしれません。
父はなぜいつもああして怒ってばかりいるんだろう…
…そんなことをぼんやりと考えるいたちむらでした。


そんなある日。


転機が訪れました。
その年の4月から入院生活を送っていた、父の実の母
(いたちむらにとっての祖母です)がついに亡くなりました。
年齢的には80代後半。90とはいかないまでも、大往生でした。
最後の方はかなり頻繁に病院へ様子を見に行っていた父でしたから、
私はさぞかし父が悲しむだろうと思って心配していました。
が、しかし…


てなわけで、続きはまた次回!
ついに人見知りシリーズ、次回は急展開の大詰めです~
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人見知りはいつ終わる? その6

ハゼさんとお近づきになりそうでなれない、うちの実父。
私はいつも何かとピリピリしている父を見て、正直どうして
いつもそんなに怒ってばかりいるのだろうと思っていました。
そんないたち家に転機が訪れたのが去年の8月。
春から入院していた父の実母がついに亡くなりました。
前回のお話「人見知りはいつ終わる?その5」はこちら!


ちなみに、我が家の家系構成を簡単にお話ししておいた方が
きっとこの後の状況が読み取りやすいでしょうね。
いたちむらの父は、男ばかり3人兄弟の次男として育ったんです。
今回亡くなった父の実母(私の祖母)の家は三男が継いだため、
祖父母は三男一家と同居し、私の父は彼らとは離れて暮らしました。
しかし私の祖父もその三男も早くに亡くなってしまったために、
祖母は三男の嫁とその後長いこと暮らすことになったのです。


しかし、やはりそこは嫁と姑です。何かと揉めます。
私の父としてはそれこそ自分のお母さんなわけですから、
自分の家庭に親を引き取りたいと思ったこともあったでしょう。
が、私の母方の祖母がまたその当時介護が必要な状態だったりで、
父方の祖母に元々自分が住める家がある以上、ただ嫁と折り合いが
悪いからといった理由だけで父が引き取るというのは困難でした。


本来なら長男がその辺世話するとかいう話もあるんでしょうが、
長男は持病があり、とても親を引き取れる状態ではありません。
結果、私の祖母は長いことそのお嫁さんと揉めながら暮らし、
父は常にその二人に一生懸命気を遣うことで精一杯でした。


あとはね、まあその嫁姑問題っていうのはあるにしても、
実はその父方の祖母っていうのがもともと何て言うかその、
ちょっとした「困ったちゃん」だったんですよね。
要求体質っていうのかな、「あれが食べたいの、これが欲しいの」
と何でも人に頼んで来ちゃうような…まあ素直なんですけどね。
それと、特にお嫁さんと何かあると、すぐに誰にでも話しちゃう。
父はしょっちゅう「グチるだけグチったら自分はケロッと
スッキリした顔しやがって!」と祖母に怒っていました。
まあ女の人ってどうしてもしゃべって憂さ晴らししたいんですよね。


あと祖母は私と同じように体も精神力も弱くて、
しょっちゅう薬や病院のお世話になるんですけど、
その薬の扱いがまた問題児だったんです(汗)
一度デパ○だかなんかの抗不安薬飲み過ぎて運ばれちゃうし、
別の時は、入院中で薬も主治医から処方されて飲んでるのに、
何か風邪気味だわ~と言って売店で自分でパブ○ン買って来て
自分で勝手に(入院中にですよ!)飲んじゃうし。
まあとにかくお騒がせなおばあちゃんでした(´ω`;)


でもね、いたちむらはこの祖母、嫌いじゃなかったんです。
いろいろお騒がせな人でしたけど、私には優しかったですし、
何よりいつもおしゃべりが上手で愛嬌のある人でした。
そしてこの要求体質なところも、何かとバカな失敗するとこも、
父に怒られてその時はシュンとしても全然懲りないところも、
どこかいたちむら自身にそっくりで血は争えないと思いました。
おばあちゃんを見ていると、まるで将来の自分を見ているようで、
ある意味悲しくもあり(笑)、憎めない感じがするのでした。


そんな祖母がついに亡くなり。


父にとっては、何だかんだ言ってもやっぱりたった一人のお母さん、
きっと心にぽっかり穴が空いたように淋しいだろうと思っていました。
父はその年ちょうど退職していましたので、こうして実母も
逝ってしまった今、心のバランスを崩すのではとも思いました。
しかし、お通夜お葬式で、ハゼ連れで実家に帰った時に
最初に会った父は、決して泣いてもいないし、穏やかでした。
「今年はたまたま仕事も退職して、最期を見てやる時間もあって、
じっくり送り出してやれたし、満足だよ」と父は言っていました。


確かに、お葬式の二日間での父はいつになく晴れ晴れと
すがすがしいような穏やかさで、心に余裕があるようでした。
ハゼさんと向かい合ってもお互いそれほど緊迫感もなく。


そんな時。


お葬式に合わせ私達が実家に帰るというのを聞いた私の叔母が、
気を利かせて父にあるものを送ってくれていました。
以前に叔母がミッフィーの絵柄のついた小さな紙袋を
ハゼさんに買ってくれたのですが、これが気に入ったハゼさんは
常にこのミッフィーの紙袋を持ち歩き、すっかり使い込んでもう
ボロボロだったので、叔母がまた同じ物を送ってくれたのです。
しかし、私に直接ではなく、わざわざ父の家に送ったんです。
皆さん、なぜだと思います?


叔母は、電話でうちの父に言ったそうです。
お葬式でハゼちゃんが来たら、その紙袋を「おじいちゃんからの
プレゼントだよ」って渡せば仲良くなれるんじゃないか、って。
叔母さん、ナイスです、妙案です(笑)
実家にやって来た私達はまず父からそのことを聞き、
それじゃあ実際にやってみようという話になりました。


しかし、父が渡す前に心配そうにこんなことを言いました。
「知り合いのお孫さんに、やっぱりおじいちゃんダメって子が
いるんだよ。で、その子がミッキー好きだからって言うんで、
おじいちゃんがミッキーのお面をかぶってこんにちは!って
したらわーわー泣いて、それ以来ミッキー嫌いになったって…」


うっっ…笑えません、その話。


ていうか、いたちむら父、実は相当心配なんでしょうね。
まあそんな家もあるけどうちは大丈夫だよ~と根拠のない励ましを
父に入れつつ、我が家のミッションはすぐに実行に移されました。


父 :「はいっ、これおじいちゃんからのプレゼントだよ~」
ハゼ:「………(おそるおそる受け取る)……ありがと」


泣きませんでしたっ、ちゃんと受け取りました~!!


泣かないどころか、ハゼ丸、けっこう嬉しそうです。
その後もおじいちゃんに対して終始にっこりするばかりか、
時々もじもじしながら「おじいちゃん…」と呼びかけることも。
さすが大好きなミッフィーの威力は大きかった…
マイナスのものをプラスにするほどの威力、恐るべしです。
ていうか父、ハゼを物で釣るな。


まあ、そんなやりとりがあったおかげか何なのか、
お葬式で実家に泊まった二日間は、父もこの一件以来
ハゼさんに対して常ににこやかで、非常に平和でした。
叔母さんの妙案、大成功というわけです。
そしてこの時をきっかけに、父とハゼさんの関係が、
まるで氷がとけるように穏やかになっていったのでした。
この時ハゼさん、2歳の誕生日を迎えた直後でした。


私達が自宅に戻ってからも、例えば実家から野菜が届いた時など、
お礼ついでにハゼ子を電話口に出して父と話させると、
「おじいちゃん、お野菜ありがと」とかわいく挨拶するハゼに
父はいつの間にかあのピリピリ感も忘れて喜んでいました。
さすがに孫メロメロというほどまでには急にはいきませんが、
もう父は、ハゼさんをかわいいとか褒めることはあっても
育て方が悪いとか否定的なことを言うことはありませんでした。
ハゼさんの方も、その後一切、今に至るまでもうおじいちゃんを
怖がったり泣いたりするようなことはなく、普段の明るい笑顔を
おじいちゃんにも自然に見せられるようになっていきました。
まさに相乗効果とはこのことかぁ~、な感じです。


それにしても、父。


子供の方が自分にニコニコするようになったら、
手のひら返したように「イイ子だ~」とか言わなくてもっっ!
ええ、ええ。あれ以来もう一度も育て方が悪いなんて言われた
ことありませんよ。いったい抱き癖論はどこ行ったんですか?
まったく。親なんて勝手なもんです。
特にうちの父なんて、さっき自分の言ったことも忘れてますから。
結局いろいろあったけど、我が家の人見知り騒動はどうやら
やはり父の変化によって収束へ向かう勢いを見せていました。
ハゼさんがミッフィーにつられてニッコリしたのは、
父の変化を確かなものにする単なるきっかけに過ぎません。


でも、どうして父は変わったんだろう。
そういえば、以前のように常にピリピリすることがなくなりました。
私達にはもちろん、母に怒鳴る姿もあまり見なくなり。
そして退職後の生活はとても充実しているようでした。
もともと退職前に田舎で畑を始めて野菜作りをしていた父は、
祖母の亡くなった直後に今度は水耕栽培を新たに開始し、
今年の春からは田んぼを作って米まで作るようになり。
それも全てとても楽しんでやっているのです。
田舎のご近所にも友達が出来てお互いの家で宴会をしてみたり、
まさに第2の青春を謳歌しているというご様子。


祖母が亡くなって魂が抜けたようになるのではとの心配をよそに、
退職後ライフをエンジョイしちゃってる父を見て、
私は正直ホッとしたものの、とても不思議に思ったのでした。
そんなある日、父が電話でぽつりと本音を話してくれました。


ついに次回、人見知りシリーズ感動の最終回ですっ!!
読んでおくれよ、おっかさん。
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人見知りはいつ終わる? 完結編

ついに怒濤の人見知りシリーズ、本日やっと完結編ですっっ
いつものことながら、いたちむらのなっがぁ~い話に
ここまで付いてきて下さった皆さん、どもですっっ(>人<)
(前回のお話、人見知りはいつ終わる その6はこちら!


父の実母(私の祖母)の死をきっかけに、
何だか相当角の取れた感じのいたちむら父。
おかげでハゼさんとの関係性も突如として友好的に。
祖母の死によって心にぽっかり穴があいてしまうのではとの
私の心配をよそに、父は退職後ライフを満喫しまくっていました。


そんな父と電話で話したある日、私は思いきって切り出しました。
「お父さん、おばあちゃんが亡くなって元気なくすんじゃ
ないかと思って心配したけど、そうでもなくて安心したよ~」
すると、父はこんなふうに話し出しました。


「もちろん、たった一人の母親がいなくなるというのは淋しいよ。
でもね、正直やっと肩の荷が下りたっていう感じの方が強いな。
やっぱ何だかんだ言っても、親の面倒を見てやらなきゃ、
っていうのは今考えれば相当なプレッシャーだったんだよなぁ…
特にあのおばあさんはいろんな意味で問題児だっただろ。
俺もお嫁さんとの間でいろいろ気ぃ使って、疲れたしなぁ…」


老親を見送るって、そういうものなのかぁ…


私の場合、まだまだ両親はともにピンピンしているので、
親が死ぬまで見届けるということの責任やプレッシャーなど
想像もつかない、というのが正直なところです。
むしろ今の自分では、死なれたらどれくらい悲しいもんかしら、
くらいの想像しか出来ません。たとえこんな頑固親父でも、です。
でも、これが父くらいの年代にまでなって親を看取ると、
「や……っと見送ったぁ~~………_| ̄|○」 みたいな
爽やかな達成感さえ感じるのかもしれません。


しかも、父も認めるように、祖母は相当な困ったちゃんでした。
祖母が死んでしまえば、もうその問題発生の尻ぬぐいに
追われることもないですし、そのお嫁さんに対しても、
父がしょっちゅう気を遣う機会も必要性もないわけです。
会う時といったら、祖母や血縁の法事くらいなものでしょう。


なおかつ、退職以前の父は仕事の責任もかなり重かったようで、
「俺が少しでもミスを犯したら大問題になるんだ」が口癖。
そのせいか、本当にいつもピリピリしていたように思います。
おそらくその分、ハゼ丸の人見知りにもイラッと来たことでしょう。
いつもより余計に回っております~状態だったのかもしれません。
それが、退職後はのんびりと自然に分け入って野菜とたわむれる。
もう一つのストレス源であった老親の看護からも解放される。
確かに、父のこの状況ほど「肩の荷が下りる」という言葉に
ふさわしい状況など、他に出て来そうにありません。


さらにタイミングのよろしいことに。


春から保育園で人慣れしてきた我が家のハゼ丸。
赤ちゃんの側に、受け入れ態勢は出来ていたんだと思います。
あとは父が怒鳴ったりしてハゼさんを怖がらせなければ
もう人見知りのトンネルの出口はすぐそこに…
我が家の場合の記念すべき出口は、ハゼさん2歳の誕生日の直後、
おじいちゃんにミッフィーの紙袋をもらったその日、でありました。


  


今はもう、ハゼさんがおじいちゃんに人見知りすることはありません。
おしゃべりの相当上手になったハゼさんが、たくみにその
かわいらしい赤ちゃん声を響かせて「おじいちゃん…」と言うと、
さすがの頑固父も、もう何でも許せてしまうのかもしれません。


父は12月が誕生日なのですが、去年の誕生日には
ハゼさんが電話越しに「ハッピバースデートゥーユー」を
歌ってあげたんですよね。
そっっっしたらもう、父、かな~り感激してました。
「そっかぁ……おじいちゃんに歌ってくれるのかぁ…」
と受話器から父の声が小さく聞こえてきていました。
私に代わってからも、「そうかぁ…まさかこんな歌を
歌ってもらえるとはなぁ…」としきりに言い続ける程でした。


そしてこの3月。


ひな祭りの日、本当は父と母揃って来てもらいたかったのですが、
仕事の忙しい母は結局都合がつかず、父にだけ来てもらいました。
最初は「俺だけ行ってもいいのか?」と遠慮していた父でしたが、
私がぜひにと誘うと内心かなり嬉しかったようで。
お昼を自宅でご馳走した後、父の車でみんなで吉祥寺に出て、
井の頭公園を歩いたり、晩ご飯を外食したりして過ごしました。


その間、もちろん父は怒ったり怒鳴ったりはしません。
むしろその時、たまたま機会が許したので、
思い切って父に私の病気のことを話してみたんですよね。
以前こちらでも紹介したCHIKAさんの本を父に見せながら。
そしたら、父は病気自体についてはあまり語りませんでしたが、
その後吉祥寺に向かう車の中、
「今日はお前のために揺れないようにゆっくり運転してやる」
と言って、いつになく丁寧に運転してくれたのでした。
それまでの父の運転といったら、平坦な道でもいろは坂状態の
揺れっぷりで、何度車内でパニックになったか知れません( ̄ロ ̄|||)


そんな穏やかな父を、ハゼさんが嫌がる理由はもうありません。
父の帰り際、ハゼさんは父が車に乗り込んで出発するまで、
ずっとずっと手を振り続けていました。
帰った後、「おじいちゃん帰っちゃったね…」と淋しそうに
していたハゼ丸の姿を、当の本人に見せてあげたかった~!
きっとこれからもますます、父とハゼ丸の関係は良い方向に
向かってくれるものと、遅咲きながら願ってやみません(ノω・、)


とまあこんなわけで、いたち家の人見知り話はおしまいです。
もちろん、人見知りと一口に言っても、それは家族の数だけ
ドラマがあり、それぞれの出口があることでしょう。
ただ、産後うつでも人見知りでも、これだけは言えます。


明けない夜はありません。←使い回しの台詞…。


今人見知りに悩むお母様方、きっと出口を出た先には
お子さんの成長だけでなく、家族全体の成長があるはずです。
ハゼさんの卒業記録、2歳はたぶん相当かかった方だと思いますが、
気長ぁ~に、気楽ぅ~に、その出口を待ってみるのも手かもしれません。
一緒に頑張りましょうっ(`(エ)´)ノ
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お知らせ下さいませ

はじめまして

寝ない赤ちゃん、抱っこ虫さん、夜泣き、母乳育児、毎日の離乳食、おもちゃ選び…などなど、はじめてのことばかりの育児。時には泣きたいことだってたくさんありますよね~。そんな悩めるお母さん(自分自身も含め)を応援するブログです!


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Author:いたちむら
 2006年8月生まれの甘えっ子女児ハゼさんを猛烈育児中。寝ない+泣き虫+べったりの赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?寝ても覚めてもいっしょのハゼさんとの毎日、専業主婦の毎日をもっともっと楽しくしたい!と思って書き始めたのがこのブログ。超インドア派・体力ゼロのぐうたら母がハードなお子さんといかに楽しく&楽して過ごすかをつぶやくページです。
 2008年の春からハゼさんを保育園に預けて職場復帰。待機児童問題に巻き込まれ、数々の保育園転園を経験しつつ、2010年からやっと認可園に落ち着きました。ここ最近、やっと子育ての春がやって来た感じ?です。ハゼさんと過ごす日々は常にチャレンジの連続!笑いと涙のデパート!そんな日々をこれからもリアルタイムにお届けします♪

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ハゼさんお気に入り絵本

自分の本は図書館で借りるいたちむらですが、ハゼさんの絵本はやっぱり自分専用のを用意してあげたいと思ってます。数は少なくてもお気に入りのものを…ハゼさん大好き絵本はこれ!

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はらぺこあおむし

いたちむらの親友で3人の子育て中ママから出産祝いに頂いたのがこれ。あおむしの食べた穴に指を入れたり、蝶々のページをパタパタさせたりといろいろ遊べるさすがのベストセラー。

★第2位★
どうぶついろいろかくれんぼ
たのしいおもちゃかくれんぼ

楽しい型抜き絵本。ページをめくるとかわいい動物さんやおもちゃ達が現れます。色使いがほんとにきれい!赤ちゃんでもめくりやすいページが嬉しいです。ハゼさん大好きなワンワンも、おままごとセットも出て来ます。

★第3位★
いないいないばあ

杉並区の4ヶ月検診時に頂いた絵本。赤ちゃんて いないいないばあ 大好きですよね~。ハゼさんもしょっちゅう絵本を持ってきて「やって~」とおねだりしてます。

村のおすすめアイテム

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おなじみのamazon。いたちむらは、本はもちろん赤ちゃんグッズもここをヘビーユースしてます。バンボはamazon限定色ミントグリーンを購入しました♪

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