ゆかいないたち村
寝ない+泣き虫+べったり赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?   初めて育児の悩みを解決する生活改善レシピ!

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今日も最後まで読んで下さってありがとうございました!

いたちむらお産体験記 その1

ここんとこ、けっこう気持ちのいい晴れの日が続いていますね~
いたち家では、ハゼ丸がなんのつもりか、
「今日もぶりっと晴れます」
などという言葉を唐突に口にする、案外平和な今日この頃ですが、
皆さんいかがお過ごしですか?


さて、前回予告していたお産体験談、本日スタートですっε-(ノ゚ー゚)ノ
とりあえず今日のお話は、いたちむら妊婦時代の話になりまふ。
いたちむらが妊娠したのは結婚2年目の冬。
そろそろ赤ちゃんもね~、、でもまだまだ好きなこともしたいし~、
くらいの時期に突然やって来てくれたのがハゼさんのタマゴでした。
ダンナくんはあまりの突然のことに、病院の検査で妊娠が分かって
報告したその日、文字通りご飯が喉を通りませんでした(^^;)


当時のいたちむらは、仕事を週3~4日程度していましたが、
仕事の内容も自分の好きなことで、時間も自分のやれる範囲の分だけ。
今考えれば本当に「自分に負荷のかからない」気楽な暮らしでした。
その当時頻繁に通ってやっていたヨガのおかげもあって、
独身時代にひどかったパニック障害もあまり出ずに小康状態。
今みたいな体の不調などほとんど全く感じずに過ごしていた頃です。
まあ、とにかく自分の好き勝手に暮らさせてもらっていたわけで、
当然ストレスもとっても少なかったってことなんでしょうね。


妊娠すると体ががらっと変わって、という人も多いと思います。
実際、パニックも妊娠をきっかけに始まったという仲間もいます。
でも、私の場合はパニックはもちろん、逆子や早産や
妊娠高血圧症候群などの特別重大な問題もなく、
いわゆるマイナートラブルは人並みにありましたが、
とにかくフツーのマタニティライフが過ぎていきました。


唯一ヤバかったことと言ったら。


そう、体重は相当ヤバかったです(笑)
妊娠前40キロ台前半の体重がなんと14kg増えて50キロ台後半に!
いたちむらのつわりはいわゆる「食べつわり」でして(←言い訳)
しょっちゅう何か食べていないとなぜか常にヨダレが出てくる…
仕方ないので、もうアメちゃん&キシリトールガム常備でした。
それとどういうわけか、赤ちゃんがお腹に来てから授乳期が終わるまで、
ほんっっとバカみたいに甘い物欲しくて仕方なくなったんですよね。
断乳済みの今は普通の甘いお菓子なんてほとんど興味ないんですが。
あれは何だったのか??っていうくらい、甘い物を一日一つ。
どんなに体重との戦いが分かっていても、つい今日も一つ(笑)
あ、ちなみに今は妊娠前の体重に戻りましたが(^^;)


おかげで妊娠後期は脚のむくみがけっこうひどかったです。
血圧や尿糖、タンパクに異常はなかったんで、病的なものではなく
大きくなったお腹に脚の付け根がふさがれて血流が悪いのだろう、
という診断だったのでまあホッとしたんですけど、
それでも臨月の最後はお腹の重みでヒザの曲げ伸ばしが辛い程で、
ゾウの足のような太さのわりには全然支えになってない私の脚でした。


でもね。


すご~く気をつけていたのは、とにかくたくさん歩くこと。
当時私が働いていた職場は青山一丁目と市ヶ谷にあったので、
仕事帰りのお散歩にはもってこいのロケーションでした。
青山や市ヶ谷から新宿まで歩いて買い物をしてから帰ったり、
国会議事堂の脇を通り抜けて銀座まで歩いて出てみたり、
仕事がデスクワークだった分、その帰りはたんまり歩きました。
家の近所でも1~2時間くらいの距離は普通に歩いていました。
そして歩きながらおいしそうなどら焼きの店など見つけるとまた
そこで買い食いしてそんで体重……ま、いろいろありました(笑)
多分、体重の分の償いとして(?)歩いていたのはやっぱり
相当効果あったのではないかと思います。
そんなふうにして、ゾウ足になってもずんずん歩き続けまして。
結局、仕事とその帰りのお散歩は、臨月の7月半ばまで続けました。


そんで、産院ですが。


以前、「分娩台よ、さようなら」の記事にも書きましたが、
いたちむらが最終的にお産の場所として選んだのは、
個人経営の産婦人科医院、Aクリニックでした。
唯一の医師の院長先生はちょっとワンマンなところもありますが、
とにかく「俺について来い!」的なとっても頼れる存在で、
今でも私の周囲に「A先生には惚れた」なママが数名いる程です。
入院室は全て個室で出産したその日からずっと母子同室、
家族の宿泊もOKなので、まるでペンションのような産院でした。


臨月に入ると毎週NSTをとるためにお腹に機械を巻きますよね?
その産院では、NSTをとる場所のすぐ近くに分娩室があったので、
いたちむらがNSTをとっていると、けっこう頻繁に
陣痛に耐えている妊婦さんの声が聞こえてきたものでした。
個室から分娩室に移動する姿にも遭遇したことがあります。
そんな妊婦さんを見ていると、ああ、もうすぐ私もこんな…と思い、
迫り来る滝つぼを見下ろすかのような、ちょっとした恐怖があり。


そうなんです。


正直、私はもうすぐ現実にやってくるお産が怖かったのです。
痛みに極端に弱~いうちのダンナくんほどではありませんが、
私だって女だけど、そりゃあ痛いのはイヤだし怖いし。
しかも、お産の最中にパニックになったらどうするんだろう。
それこそどこにも逃げ場はないのに…私は産めるのだろうか??
臨月後半になるとその不安がますます大きくなっていきました。


ついに臨月最終週。そんな不安をA先生にぶつけてみました。
すると先生は「大丈夫。自分の力を信じなさい」と言いましたが、
それでもパニックがどうだとか、ぐだぐだ不安げな私に、
「大丈夫、僕がちゃんと産ませてみせるから!」と!(°▽°;)
先生、さすがです(笑)
今考えると一体どういう根拠なのかちょっとアレですが、
とにかくその一言で私は「もうやるしかない」と思ったのでした。


出産予定日は8月6日でした。
予定日の約1週間前の検診、8月1日に内診してもらった時、
先生が「もういつ産まれてもおかしくないからね」と言いながら
子宮口のあたりをグリグリっと「おまじない」してくれました。
一部の産婦人科ではやるみたいですね、この産まれるおまじない。
もう出て来てもいいよ~と刺激を与えるのです。
普通の内診でもいつも相当痛いのに、これはハンパじゃなかったです。
「あーイタタタ…」と思いながらも検診の帰り道1時間以上の
散歩をして帰り、あと5日かぁ…なぁ~んて思っていたその翌日。


ついに、時は来ました。


変化があったのは、8月2日の早朝でした。
と、まあ今日はこの辺で!続きもまた、読んでね~ん(*´ω`*)
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いたちむらお産体験記 その2

前回のいたちむらお産体験記 その1では、
たくさんのコメントありがとうございました~っっ(>人<)
やっぱり経験者同士だと、なぜだかつい自分達の
お産話って盛り上がってしまうんですよね~
私も人のお産話を聞くたびに、まるで自分のことのように
手に汗にぎって痛みまで想像して聞いてしまいますっっ


さて、予定日一週間前の検診日、内診で先生に「おまじない」を
施されて「あいたた~…」と帰宅したその翌日、早朝。
確か朝の5時半とかそれくらいだったでしょうか。
いつもだったら私など全然起きたりしない時間です。
何だか生理痛のような痛みと、妊娠して以来ご無沙汰だった
あの生理の始まりのようなにゅるっとした出血感を感じて起き、
すぐさまトイレに立って確認してみると…


「はっっっ、おしるし??」


何やら、うすら赤い血の混じったシミが下着に出来ています。
トイレを済ませているとやはりそこにも血が混じっていました。
私の場合、幸い妊娠中の出血などは一度もなかったので、
これをおしるしと考える以外、他に考えは浮かびませんでした。
トイレから出て手を洗うついでにその汚れた下着も手洗いし、
さっそく朝日が昇るベランダにそれを干しました。
その時の気分といったら、それはもう勇ましい気分でしたよ~
「ついに出陣の朝が来た!」
そんな気分で迎えた朝でした。痛みはまだまだ鈍いものの、
間隔を測ってみると10~15分間隔という感じでした。


しかし、気になるのはおしるしらしきこの出血が、
なかなか量が多いこと。このままではせっかく替えた下着も
すぐにまた汚れてしまうので、ナプキンをあてておきました。
とはいえ、まだまだ痛みもプレリュードのご風情で、
そのうち起きてきたダンナくんに状況を話し、
最後の大きいお腹をビデオに収めてみたりしてました。
今考えてみれば、本当にノーテンキな私達でした。
病院には電話で一応状況を告げたのですが、「ではもう少し
自宅で様子見して下さい」とのこと。ま、そうだよね。
痛みの間隔は相変わらず10~15分間隔で穏やかに時が過ぎ。


気がついたら。


いつの間にかもう、ダンナくんが仕事に行く時間でした。
私は変に早い時間に起きてしまったので眠気が出て来まして、
まあこれから陣痛で体力もいることだし~などと
もう一度布団に入って睡眠をとっておくことにしました。
ダンナくんは本格的になったらいつでも帰宅するので
連絡しなよ、と言い残して出勤していきまして。


それから数時間うとうととし、気付くと時はお昼過ぎ。
あれっっっ?と目覚めると、いつのまにか痛みは消えています。
あ~れぇ~?どうして痛くなくなっちゃったの??と
思いながらもう一度トイレに立つと、さっきしておいた
紙ナプキンは、薄い血の混じった液体でいっぱいでした。


「おしるしって、こんな多いもんなのか???」


初めてのことなので、自分でもよく分かりません。
さっきまでの痛みが消えてなくなったのもナゾであります。
とにかくよく分からんので、何はともあれ病院にお電話。
事情を話すと、助産師のQさんが対応してくれました。


Q:「ん~、そですか~。もう少し自宅で様子見の方がいいかな」
私:「あの…これってホントにおしるしなんですかね?
   おしるしにしてはあまりにも量多いような気が…」
Q:「ん~、おしるしも人それぞれですしね~」
私:「そ、そっか~………」


と、どうも腑に落ちない会話が展開されましたが、
まあ私もよく分からんので、もう少し様子見することに。
しかし、それ以降はいっこうに痛みがチクリとも来なくなり、
そのまま数時間経っていく中でナプキンだけは替え続け、
やっぱりこれは変だろう、おしるしではないのかもしれない、


もしやこれは、破水 では???


という考えが私の中で大きくなっていきました。
もう一度病院に電話すると別の助産師さんが出ました。
事情を話すと、それでは今すぐ来院して下さいと言われ。


そうして念のため入院グッズを持って病院に着いたのは夕方。
破水かどうかの診察をしてくれたA先生が言いました。


「うん、破水だね、これは」


∑( ̄ロ ̄;)


どーりであんなに何枚もナプキンが濡れるわけです。
そんなぐっしょり大サービスなおしるし、フツーありませんて。
「破水かもしれないと思ったら、もっと早くに病院に来ないと~」
と言う先生の後ろで、あの助産師Qさんが「ごめんっっっ(>人<)」
のポーズをしてひそかに私に向けて謝ってくれていました。
そんなQさんを見たら何だかおかしくて、先生にはだまっていました。
Qさんは結局私のお産の介助にあたってくれた助産師さんの一人ですが、
何というか、いっつもおっちょこちょいな方だったんですよね。
産後の血液検査では採った血をぶちまけて抱っこひもを汚してくれるし、
ホントに「ナースのお仕事」のいずみちゃんみたいな人でした(笑)
でも、産まれたばかりのハゼさんを、「この子はかっわいいねぇ~」
と一番面倒見よく一生懸命世話してくれた人でもありました。


さて。


問題は破水ですが、いったん破水が起きてしまったら、
その時点から48時間(=2日間)以内に自然な陣痛が始まらなければ、
そのままでは破れた卵膜からの細菌感染のリスクが高まるので、
人工的な陣痛誘発を行う、というのがその産院の方針でした。
要するに、子宮口を開く措置をして陣痛促進剤を打ち、
それでもどーーーしてもダメなら帝王切開ということなわけです。


私は突然のタイムリミット宣言に衝撃をおぼえました。
その診察を受けている時点で、朝のあの痛みのかけらさえもない
自分自身の体を前に、ついに時限爆弾のタイマーがセットされた。
本当に私の身体はこれから2日間(実はもう半日過ぎてる)以内に
自然な陣痛を呼び起こすことが出来るのだろうか。
出来なければ陣痛促進剤、はたまた帝王切開が待っている…。
帝王切開なんて、それまで他人事だと思っていました。
陣痛促進剤なんて、ぜっっったいにイヤだと思っていました。


しかし、なぜか身体は自然な陣痛なんて忘れてしまったかのごとく
何の痛みもありません。子宮口もほとんど開いておらず。
どー見てもやる気ゼロの身体を前に、私は無力でした。
ていうか、私はこのお腹の中身をここ2~3日の間に何としてでも
産み出さなければいけないことになってしまったのだわ…。
この突然の破水。それはその時のいたちむらにとって、まるで
「そうそう、アンタの死刑の期日、明後日に決まったから」
と言われた死刑囚の気分(?)ほどの衝撃でした…。


んで、ですね。


執行猶予の2日間の間、お腹の赤ちゃんが感染しないための
抗生物質をもらい、そのまま私は荷物を引きずり家に帰りました。
え?何で帰るの?入院しないの?って?
ええ、ええ、そうなんです。
我が産院のAクリニックでは、ベッドが少ないというのもあり、
破水では入院はさせない方針なのでありました。


A先生の経験では、慣れない病室のベッドにジッとしているよりも、
リラックス出来る自宅にいてよく動いたり家族と散歩したりする方が
ずっと自然な陣痛が起きやすくなるということなのです。
「家に帰ったら料理したり床ふきしたりしてごらん、
よく動いてから安心して休めば本格的なのがくるからね」
と先生は最後に私を勇気づけてくれました。


その代わり、朝、夕方、夜(10時頃)の3回、あるいはそれ以外でも
陣痛が本格的になった時はいつでも、歩いて(←ここ大事!)来院し、
NSTを巻きに来て様子を常に教えて欲しい、とのことでした。
自宅と病院の行ったり来たりが頻繁になりますが、
それが自然な陣痛を起こす作戦であることは言うまでもありません。
他にも、お産の直前まではタブーだった乳首のお手入れとか、
自然な陣痛誘発に良いことはガンガンやってね、と言われました。


さっそく帰宅してからは床ふきに料理、食後に乳首のお手入れ。
すると確かに朝の痛み以上の痛みがゾクゾクとやって来ました。


「うっ…、い、痛い…」


もしかしたらこのままイケるかも??
そんな期待をしつつ、自然な陣痛誘発を続ける私でありました。
ふと気付くと、もうすぐ夜10時の来院の時間です。
「ダンナさんを駅に迎えに行ってから、二人で来院してね」
そう先生に言われていた私は、痛み出したお腹を抱えながら
その通りに駅→病院へと歩いて向かいました。
「ではではどうかな~?」とNSTをお腹に巻くと…


と、今回のお話はここまでで~す(〃艸〃*)
次回、ま~だまだ続く~よ~、珍道中~♪な
いたちむらのお産話!!どうぞお楽しみにっっっ
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いたちむらお産体験記 その3

破水しているのに陣痛がおさまってしまった…!
自然な陣痛を呼び起こすために一時帰宅したいたちむら。
約束の夜10時にNSTをとるために歩いて来院すると…?
(前回のお話、お産体験記 その2はこちら!


外を歩いている間は、ぐーっと痛みがやって来ると
いったん立ち止まってやり過ごす必要があるほど、
痛みは強いものとなってきていました。
夜中だったから、というのもあるかもしれません。
念のため入院グッズを転がしながらゆっくりと移動。
ずいぶんかかって、やっとAクリニックに到着しました。
さっそくNSTを巻いておいしょっとソファに腰掛ける私。


………あ・れ・れ?


さっきまでやる気まんまんだったあの痛みが……ない。
何分か待ってみても、一向に痛みが…ない。
いったい私はどこへあの痛みを置いてきたのかしら??
結局、所定の時間NSTを巻いていても痛みの波は強くならず、
さっきまでの痛みがまるでウソのように穏やかになっていました。


「赤ちゃんの状態は良いみたいね」と助産師さん。
でも、本格的な陣痛はまだだということで、結局その夜は
引き返して自宅で休むことになり、がっくりうなだれ帰る私達。
どうやらまだまだ先は長いようです。
しっかし、あの痛みが「本格的」でないのだとしたら、
ホントにホントの本格的っていったい…??


ちなみに、ですね。


いたちむらはどちらかというと痛みには弱い方です。
いや、相当苦手な口なんじゃないかと思います。
具合が悪くなるとすぐに必要以上に元気をなくすタイプです。
知り合いに、「下痢になると思わず神様に『ごめんなさ~い
もうしませ~ん(←って、何が?)』となぜか言ってしまう」
という人がいますが、限りな~く気持ち、分かります(´ω`)
ですから、お産の苦しみがいくら「喜びの痛み」だからって、
それなら痛いのもウェルカムだわ~♪ってなわけにはいきません。


たぶん、今思うにいたちむらは、自然な陣痛を呼び起こさなきゃ、
と一応意識の上では思っていても、実際の体の奥底では
「こ、こわいよ~…痛くなりたくなんかないよ~」
というのが本音だったのかもしれません。
子宮口も2cmからなかなか開かないまま時間が過ぎていきました。
本当はまだ開きたくない、まだ本番を迎えたくない。
そんな体の本音とは裏腹に、時のリミットは迫っていました。


その日の夜、あきらめて帰宅すると痛みはほとんど出ませんでした。
でも真夜中、たぶん2~4時頃だったでしょうか、
ぐわっっという本格的な痛みがまた眠たい体を襲い、
半分眠りながらヨガの「ネコのポーズ」をして痛みを逃しました。
眠っているとリラックスするので、陣痛が来やすいのだそうです。
そんなことをしているうちに、気付けば6時頃。
その頃から眠っていられないほど痛みは強くなっていきました。


…つ、ついに来たか?


朝かろうじて食べ物を口に入れながら、痛みの間隔を測ると
10分間隔からさらにだんだん短くなっていくようでした。
痛み方も今までよりかなり強い感じがします。
よしっっ!これなら、と私達は支度をしていざ出陣することに。


しかしその時一つ誤ったのは、タクシーを呼んでしまったこと。
本当なら「歩いて来院しなさい」と言われていた私達です。
でもその時は朝も早く私もすっぴんで、入院荷物もありましたし、
とにかく早くAクリニックに着きたい一心でした。
ダンナくんが呼んでくれたタクシーに荷物と一緒に乗り込み、
私が病院への行き方を運転手さんに説明し、走り出して一息つくと…


またしても痛みが消えていました。


タクシーが走れば走るほど、運転手さんに時々道筋を説明するために
考えながらしゃべろうとすればするほど、痛みは消えていきました。
冷静に頭を使おうとすると、体モードから遠のくのかもしれません。
病院に着いて車から降りる時には、あの朝の痛みはかけらほどもなく…


結局、病院でNSTと先生の内診をしてもらい、分かったことは、
今回の痛みも本格的な陣痛ではなかったということでした。


「前駆陣痛だね」


こっっ、こんなに痛いのに、ですかっっ?


いや、正確には「痛かったのに」、ですけどね…( ̄~ ̄)
子宮口の開きも2cmで、全く進展なし。
先生と診察室で話している間も全く痛くありませんでした。
痛みがないのは楽だけど、どーして「今」痛くならないのよ!!
と思うとむなしくてむなしくて仕方ありませんでした。


私は先生に頼み込みました。このまま入院させてほしいと。
もう前駆陣痛に振り回されて行ったり来たりするのはヤダと。
しかし、先生はこう言いました。
「このまま病院のベッドにいても絶対良い陣痛なんて来ないよ。
それよりも、今日は出産前の最後の一日なんだから、
青い空を見上げて、散歩して、お昼に美味しいものを食べて。
それから夕方またNST取りにいらっしゃい。
そうすればきっと前向きな気持ちになれるから。
それと、今日ダンナさん休めるかな?一緒に過ごしてあげて」
半泣きだった私は、何とか先生達に励まされ、帰宅しました。


9時過ぎに帰宅すると、また私は痛みも忘れて爆睡。
11時頃再び起きてシャワーを浴びると、だいぶすっきりしました。
洗濯物を干してから、ダンナくんとランチに出かけることに。
「これが二人で過ごす最後の一日なんだから」
というA先生の言葉を思い出しながら歩くと、
何だかそれもいいかなと思い、前向きになれる気がしました。


散歩中やランチに入ったお店では、やっぱりかなりの痛みが
断続的にやって来ましたが、それ以外は今まで通り。
約束の4時の来院まで美味しいものを食べたり、
手をつないで散歩したりして心ゆくまで楽しく過ごしました。
4時に来院した時、やはりNSTを巻かれる時点で
「ああ、またダメだな…」と、もう体で分かっていました。
それでも、まあいいかな、と思えるくらい、
もう気持ちはだいぶ落ち着いていました。


結局、この時のNSTもダメでした。


「でも、朝よりだいぶすっきりした顔してるじゃない」
診察室で先生に言われました。
「そうすると、あとは夜の来院のチャンスもあるけれど、
それがダメなら明日の朝、破水から2日間のタイムリミットが
来るので、人工的な誘発に移行することにします。
まず子宮口を開くために風船(メトロと言う)を入れます。
それから陣痛促進剤を点滴していきます。
一定以上誘発してもダメな場合や、赤ちゃんが危険な場合は
緊急帝王切開に移行します。大丈夫かな?」


A先生の説明は分かりやすく、安心感がありました。
でも、ついに陣痛促進剤や帝王切開が現実的なものになるのか…
その風船ってやつを入れるのは痛いのだろうか?
ラミナリア(海草)は相当痛いって聞いたことあるけど…
私の頭の中では、とにかくそういった医療措置の前評判が
ぐるぐると回り続けていました。


それにしても、体は依然として自分の意志では
開こうとしてくれないようでした。
痛みに対してもまだまだ及び腰…
家や散歩中はあんなに元気に痛みが訪れるのに、
病院で助産師さんに囲まれるとすぅ~~っと引っ込んじゃう。
この赤ちゃん、もしかして相当外ヅラ良いのかな??
ちなみにこの↑予測は、今となっては大当たりなんですが(笑)


夕方、先生と話をした時点で開き直った私には、
結局その後ほとんど痛みは来ませんでした。
夜10時の来院時もNSTはこれまで通り反応なし(´ω`;)
「最後の夜はゆっくり体を休めて」と言われた私は、
もう考えを変えて、陣痛のことは忘れ、休むことにしました。
夜中も結局ほとんど痛みらしい痛みもなし。
実のところ、ここ2~3日の中で一番ゆっくり休めた夜でした。


そうして翌朝8時に来院した私達は…。


この日、8月4日。当時は金曜日のことでした。
さあどうなる?いたちむらのお産本番っっ!!
続きはまた次回ですぅ~(ノ゚ー゚)ノ
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いたちむらお産体験記 その4

本格的な陣痛が来ないまま、ついに破水後2日間の
タイムリミットを迎えてしまったいたちむら。
ついに人工的な陣痛誘発のため、入院道具一式を揃え、
ダンナくんと共に早朝のAクリニックにやってきたけれど…
(前回のお話、いたちむらお産体験記 その3はこちら!)


その日、8月4日は良く晴れた真夏日でした。
早朝8時にクリニックへ来るよう言われた私は、
外来診療が始まる少し前に、最後の診察と処置を受けました。
やはりNSTはこの2日間と変わらず。子宮口も相変わらず。
ついに人工的誘発に移行することになりました。


いろいろな処置を受ける前に、先生から改めて説明を受けた後、
万が一帝王切開になった場合の手術承諾書を書かされました。
これって病院ではみんな一応は書くものなんでしょうか?
それともやっぱり普通の経過の妊婦さんは書かないのかな?
とにかくその書類に署名するのはとてもブルーな気分でした。
まるで書いただけで現実になりそうな、恐ろしい気分。
今にも体が硬直して閉じてしまいそうな感覚です。


次は内診台に上がって、例の風船(メトロ)を子宮口に入れます。
痛いのかなぁ、痛いのかなぁ…と脚を開くのもこわごわでしたが、
最初に小さな水風船みたいなものをちょちょいと子宮口に押し込み、
きちんとセットされたところで、ぷうぷうと空気を入れていきます。
膨らむごとに、「おっ、膨らんでる」というのが体で分かりましたが、
これは想像と違って、全く痛くはありませんでした。
ただ、降りてから歩く時に、何か違和感はありましたが。


子宮口を開く道具として私が知ってたのはラミナリアですが、
ラミナリアは乾燥昆布のようなもので、体の水分を吸収すると
何倍もの大きさに膨れるのだそうです。でもこれが痛いらしい!!
私はこの話は、確か水野真紀さんの「にんぷ読本」で知ったんですが、
このラミナリアは尋常じゃない痛みらしいです。
確かに子宮口にダシ昆布を何十本とつっこむのはキツそうですね…


んで、ですね。


とにかくまあ、いろいろな処置を受けた後に入院の個室に移動し、
そこでリラックス出来そうな服に着替え、あとは点滴を待ちました。
しっかし、もうこの時点で体はガチガチに緊張しています。
点滴が準備されるまでの間、入院室で荷物を出したりしながら
しばし平和な時間を過ごしましたが、もう私自身としては
「ああ、点滴なんてずっと用意出来なきゃいいのに」と思ってました。


ついに準備が出来た点滴が運び込まれ、しっかりと腕に
セットされたのは、午前10時を回った頃のことでした。
この点滴は量の調整が出来るもので、最初は少量から。
確か、ゲージには18だったかそれくらいの数が出ていました。
カラカラカラ…と無機質な音をさせながら動く点滴調整機。
いたちむらにとって、それはまるで薬物注射による死刑のようでした。


とはいえ、そんなにすぐに効果が出るもんでもありません。
最初は痛みも何も、これまでと変わったことはまるでなく、
ちょうど10時半過ぎくらいだったでしょうか、
お昼ご飯食べられそうですか~?と助産師さんが確認に来たので、
あ、はい、たぶん…と平気で答えておりました。
その後、少し点滴の量を多くしてみましょう、ということで、
助産師さんがゲージを24に引き上げて去っていきました。


痛み出したのは、11時のことでした。


それは、突然のことでした。
はっと気付くと、いきなり相当な生理痛風の痛みが来ていました。
さっきまで何でもなかったのに、ついに来たか。
その痛みは容赦なく、すごいのはとってもハイペースなこと。
今ビッグ・ウェーブが来たかと思ったら、
次はその2倍近くの痛みで次々に襲ってくるのです。
あっという間に、前駆陣痛の頃に感じていたような痛みとは
比べものにならないくらいの痛みがやって来るようになりました。


最初のうちは、一緒にいてくれたダンナくんにさすってもらい、
何とかその痛みをやり過ごしていたのですが、30分もしないうちに
あまりの不安に耐えられなくなり、助産師さんを呼んでもらいました。
見ると例のおっちょこちょい助産師のQさんが来てくれています。


「ついに来たのね。それじゃあ、体が楽な姿勢を探しましょう」
Qさんはいろいろな陣痛グッズを室内に運び込んでくれました。
乗っかると前後に揺れる木馬のようなもの、バランスボール、
そして床に四つんばいになれるようなお風呂用マットなど。
しかし、どれを試しても痛みは増すばかりで落ち着きません。
そのうち痛みの度合いはこれまで経験したものとはかけ離れた
レベルにまで達し、しかも痛みと痛みの間がほとんどありません。


気付くと、時は12時。


痛み出してから1時間です。さっき「食べます」と言った
お昼も運ばれてきましたが、到底食べられる状態ではありません。
痛みは時間と共に猛烈さを増していきました。
一番辛かったのは、とにかく痛みの合間の間歇期がないことです。
というか、ないのでは?と感じるくらい、最初から間歇期が短い。


陣痛はいわゆる海の波のように、ざーっと一つの大波が来て、
それがおさまるとまた次の波がざーっとくるわけです。
普通のお産の過程では、その波と波の間が時間を追うごとに
10分、5分と短くなっていき、最終的な段階を迎えます。
でも、私の痛みが本格的になってきた時、その間歇期は
5分どころか1分もなかったように感じます。
そうしてついに、一つの波が去っていくかと思われる時には
もう既に次の波がぐわーっと頭をもたげるのを感じる、
それくらいの間隔の短さになっていったのでした。


午後1時を回りました。


痛みと痛みの間歇期は全く許されない状態で、
強い痛みが次々と容赦なく襲い続けるようになりました。
ちなみに、いつの間にか私は、そんな過酷な状況の中、
自分にとって最も楽な陣痛姿勢というものを見つけていました。
それはベッドの角度を90°に起こし、その背もたれ部分に
ひざを立ててしがみついて叫び続けるというものでした。
それは、まるでセミでした。


世間ではよく、ダンナさんにしがみつく、というのを聞きますが、
私の場合はベッドの背もたれの方が楽でした(笑)
痛みが来たら、ぐーっとベッドにしがみつくのです。
そうでないとまるで地底からものすごい力で引きずり下ろされそうで、
とにかくとにかくしがみついていました。
最後の方は痛みと言うよりも、まるでフリーフォールで落ちた
瞬間のような重力を腰の辺りに感じました。


私は既に我を忘れて取り乱すように周囲に言っていました。
「もうヤダ…、こんなの無理です…、もうやめて下さい…」
Qさん以外にももう一人、いつも頼りにしている助産師Rさんも
来てくれていましたが、二人とも、そんな私を見て驚いていました。
二人はどうやらNSTを根拠に状況を解釈しているようでした。
「まだまだそんな痛くないはずだよ、落ち着いて、大丈夫だから」


えっっっ?これで、こんなんでまだまだ??


自分の中ではこれまでの人生でありえないくらいの痛みが
すでに来ていて、それが休みなく続いているというのに、
これが「まだまだこれから」ですって???
そういえば、普通のお産は本格的な陣痛が来てから12~24時間、
その意味では私の陣痛は始まってから2時間そこそこ、
当然まだまだ始まったばかり、ということなのです。


しかし、いたちむらは思いました。
こんな休みなく続く痛みがこれから12時間以上?
冗談じゃない、私には絶対にそんなものはムリだ。
そうなると、逃げ道は一つ、もう帝王切開あるのみ??
あんなにイヤだと思っていた帝王切開でしたが、
この尋常でない人工的な激痛を前にして、私はもう最初に
描いた夢や理想などかなぐり捨ててもいいと思い始めていました。


改めて思いますが。


あの時の痛みは、本当に自分自身と向き合うことの
厳しさを体験した初めての出来事だったと思います。
それまでの痛みや病気の苦しみなどは、生理痛なら痛み止め、
パニックなら発作が治まるのを待つこと、下痢ならトイレ、
というふうに、その痛みから逃れる方法がきちんとありました。
しかし、陣痛はとにかくしっかり向き合わなければ先へは進めない。
回避したり、痛みを止めることはありえないのです。
私は初めて「逃げ道が本当にない」という瞬間を体感していました。


しかし、普通ここでちゃんとした大人の妊婦さんなら、
「よし、それじゃあとことん向き合おうじゃないか」
という決心になるのでしょうが、そこで私が発想したのは
「もう逃げるが勝ちだ、切ってもらう(帝王切開)しかない!」
という、究極の逃げ道志向な考えでした(´ω`;)


「切って下さい~~っっっ!!!」


つきっきりでいてくれる二人の助産師さんと、
おろおろしながらも一生懸命腰をさすってくれるダンナくんに、
ついに私は本当の意味での弱音を吐き始めました。
「まだまだ頑張るのはこれからだよ」「赤ちゃんどうするの?」
と助産師さんがそれでも懸命に励ましの言葉をかけ続けてくれます。
しかし、私はウミガメのように涙を流しながらお願いします。
「もうイヤです~っっ、この点滴、取ってぇぇ~~…」
そんな時、私の下半身に変化が起きました。


例の、子宮口に入れていた風船が飛び出して来ました。
痛みの波がついに子宮口の風船を押し出してしまったのです。
ついでに、急にうん○がしたくなってきました…。
そのことを報告すると、それまで「まだまだ」の一点張りだった
助産師さんの様子が変わりました。内診をして状態をチェック。
異常な痛みと私のグダグダさとは裏腹に、お腹の赤ちゃんは
酸素の状態も良く、元気いっぱいらしいのが唯一の救いでした。


バタバタと戻ってきた助産師さんが伝えてくれました。
「2時になったら先生が午前の診療を終えるので、その時に
分娩室で内診して様子を見ましょうということになりました」
ついに私もこの痛みから解放される…!
きっとこれじゃあ無理だから、切ってくれることになるかもしれない。
そんならこの点滴、もう外してほしいんだけど…
ただでさえ弱い私の意志は、尋常でない痛みを前に完全敗北でした。


しか~し!


2時になってついに分娩室に戻って来たA先生。
間歇のない痛みが始まってから3時間。先生、待ちかねました。
私は痛みで助産師さんや先生につかみかかりそうになりながらも
何とか自力で分娩台の上に乗っかりました。
しかし、内診した先生の口から出た言葉は、
私達の予測とは全然違ったものでした。


「うん、思った通り、子宮口6cm大だね。
それじゃあ、このまま産みましょう。僕の言う通りにしてごらん」


ええええっっっっ??∑(°д°;)


う、産むんですか?こここ、このままっっ???
先生登場で、突然の急展開を迎えたいたちむらのお産!
すみませんが続きは次回!ついに山場です!!(〃艸〃*)読んでね~
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いたちむらお産体験記 完結編

陣痛促進剤を施して1時間、あっという間に強くなる
まったく間歇のない陣痛に翻弄されるいたちむら。
もう帝王切開に逃げ込むしかないっっ、と一目散に
究極の逃げ道に走ろうとした私に待ったをかけたのは…
(前回のお話、いたちむらお産体験記 その4はこちら!)


分娩台に上がった時、どうせまだまだお産は進んでいなくて、
先生も様子だけ見たらまた行ってしまうものと思っていたので、
「もう無理なので切って下さい」と真面目にギブアップをお願いして、
何とかこの休みのない陣痛から脱退させてもらうつもりでいました。


まあ、プロレスの試合じゃないんだし、ギブアップも何もないんですが。
しかし、先生の指示によると、このまま分娩に突入…らしい…。
え?先生、いったい今から何時間おつき合い下さるおつもりですか?


と、考える間もなく、またしても痛みの大波がやってきました。
少し背を起こした分娩台の上に横になっているだけの状態ですから、
ベッドにしがみついてセミになっていた時よりも痛みに無防備です。
私はぎゅっと目をつむり、原始の叫びか?ってな絶叫をあげました。


その時です。


「目を開けて僕を見て!!」


先生の声がはっきり聞こえ、私はハッとして目を開けました。
もちろん、目の前には先生の姿があります。先生は言いました。
「目をつぶるとどんどん暗闇の恐怖の中に落ちていってしまうんだよ。
だから、何があっても目を開けて僕を見て。にらみつけても、
怒鳴りつけても、何をしてもいいから、僕をしっかり見て!」


次の痛みの大波が私を乗り越えようとした時、
今度は私はしっかりと目を開け、まっすぐに先生を見ていました。
確かに目をつぶっていた時のような途方もない恐怖はありません。
怒濤のような痛みの中、私は冷静にもこんなことを思っていました。


「こりゃあ、ホレるな…( ̄~ ̄)」


A先生にはホレた、な妊婦さんがいることの意味がよ~く分かりました。
そこからは私はとにかく「俺について来い!」なA先生の指示通りに
もう一度痛みの大波を乗り越えました。


しかし、よく考えると結局、帝王切開による陣痛脱退の逃げ道は
どうやら許されなかったことをその時ようやく理解しまして。
私のような、逃げることだけしか考えてないような人間が、
これから何時間かかるか分からないお産マラソンを最後まで
走り切れるのどうか、だんだん本気で心配になってきました。
そんな私の不安を読み取ったのか、先生が次の指示を出しました。


「よし、じゃあ次の痛みの波が来たら、両手でこのバーを握って、
脚をしっかりふんばって、ぐーっと力を入れてみようか」
すぐにやって来た痛みに乗っかり、私はぐーっと力を入れました。
「いやいや、反り返っちゃダメだよ、頭を僕の方に押し出して、
ボートをこぐ時のように、ぐーっと前傾姿勢で、そうそう!」


それは要するに、いきむということでした。


ええっっっ??もういきんじゃっていいわけ?と思いつつ、
言われた通りにぐーっとボートをこぐように力を入れると、
膣の辺りをぬーーーーーっと何かが進む感触が分かったのです。
ああ、もう赤ちゃんはこんなところまで出て来てくれたんだ…
私はお産マラソンのゴールがいつの間にか目の前にちらついて
きていることを体をもって知り、一気に気分が変わりました。


「うん、子宮口、10cm全開だね。もうすぐ頭が見えるよ」
さっきまで帝王切開という逃げ道に回り込もうとしていた私は、
本来の経膣分娩のゴールが案外ものすごく近くにあることに気付き、
一転して奮起し、目標に向かって突進する気がむくむくと湧きました。
到着点が分かりさえすれば、後はそこへ向かって爆走するのみです。


「オキシトシン、60にして」先生が薬のゲージを上げるよう指示。
痛みはもう描写のしようがないくらいになっていましたが、
それでももうこれまでの不安な陣痛とは違います。
何よりも、自分の体で赤ちゃんが進んでくるのが分かるのですから。


その後何度か赤ちゃんの「ぬーーーーーっ」を下半身に感じた後、
ついに「ほら、さわってごらん、赤ちゃんの頭がもう出ているよ」
と先生に言われました。ダンナくんが促されてそれを目で見て、
私はおそるおそる自分の右手で確認します。


ああ、何か、出そうで出ない、ものすごい便秘みたいだな…。
聞いてはいましたが、いやぁ本当にそんな感じだ…。
ハゼさんには申し訳ありませんが、それがいたちむらの感想でした。
感動もなにもなくて、本当にスイマセン…。


しかし、とにかくとにっっっっかく、もうゴールは近い。
ああ、何はともあれ早く走りきらないと…。
ハゼさん、本当に申し訳ないですが、母はそんなヘタレです。


ゴールも間近な中、先生が言いました。
「あと数回いきめば出てくるけど、もう少しゆっくり産めば
会陰は全く裂けないよ。どうする?頑張ってみる?」
しかし、私の答えはもう決まっていました。


「いっっ、いいですぅぅ、切れても~!!」


そうして私はホントにその後3回程でハゼさんの頭を娩出し、
その後の1回で体を出しました。
頭が出てくる時、肛門側ではなく、尿道側の膣の入り口が
焼けるようにチリチリと熱く感じていました。
今思えばあれが会陰の裂けた感触だったのでしょう。
しかし、肩から先はホントにすんなりと、まるでイカの下足でも
通っていったかのような、にゅるんとした感じだけでした。


陣痛が始まってから3時間、分娩室に入ってから50分。
何とハゼさんはその日の午後3時前には産まれていたのです。
母子手帳にある分娩所要時間、3時間53分。
もちろんそれまでの破水と前駆陣痛の2日間は長かったですが、
いたちむらは驚異の逃げ足の早さでお産マラソンを逃げ切りました(笑)


私自身ももちろん嬉しかったけれど、必死に見守ってくれた
3人の助産師さんも「よかったぁ~よかったぁ~!!」と
喜んでくれました。何かほんっっとに心配だったんでしょうね(汗)


で、最初のハゼさんとの対面。


その時私が思ったのは、「髪、多っっっ!!」ということでした。
産まれた時からハゼさんは、まるで黒いヘルメットでも
かぶったかのような、しっかりとした髪の生え具合で、
誕生の3日後に初めてお風呂に入れて乾かした後は、
うまくカットしたベリーショートのような髪型でした。
その髪の多さは、退院後すぐ専用のくしを買いに走ったほどです。


あと、いたちむらは生まれたての赤ちゃんといったら、
どすぐろい紫の深海魚みたいなのが出てくると思ってたんですが、
酸素もよくいきわたっていたようでほんのりピンクの肌色、
胎脂もなく毛深くもなく(←私自身は胎脂ベッタリの毛深い赤子でした…)
五体満足でちゃんと産まれてきてくれて良かったぁ~と
とにかくホッとしたのでした。


産まれたばかりのハゼさんは、先生の処置が終わるまでの間、
カンガルーケアで私の胸に乗っかっていて、
その間全く泣かず、目を開けて穏やかに周りを見ていました。


お産が終わってまず思ったこと。


まあ、これはよく言われていることですけど、
赤ちゃんがかわいいぃぃ~っっ!!感動~~~っっ!!
っていうのは、正直全然ありませんでした(^^;)


それよりもとにかく何よりもまず湧いてきたのは、
先生や助産師さん、そしてダンナくんに対する感謝の念でした。
産まれた瞬間、私はみんなに「ありがとうございます~っっ」
と、まるで選挙カーに乗った政治家のように叫びまくっていました。
だって、お産から逃げだそうとした妊婦を、
何とかここまで導いて、無事に産ませてくれたわけですから。


胎盤を出し終えて、1cmほど裂けてしまった会陰を先生が
縫いながら、お礼を言う私にこんなふうに返してくれました。
「あの時ホントに僕が切って(帝切して)たら、後になってから
何で下から産ませてくれなかったの!って恨むでしょう、きっと」
そんな話をしながら私達はみんなで笑いました。


同じく、退院する時に先生に言われたことですが、
「実はあの時3人いた助産師がみんなどうなっちゃうんだろう、って
本気で不安になってたみたいなんだけど、僕はちゃんとうまくいく、
って信じていたよ。誰も信じなくなったら何でもダメになるんだ。
だから、自分だけは自分のことを最後まで信じ切らないといけないよ」
ああ、A先生…。私もホレていいですか?


そんなこんなで。


いたちむらのお産は何とか無事に済みました。
破水から始まって促進剤、切って下さい~の大騒ぎなど、
まあとにかく珍道中なお産で私らしいと言えばそうなのですが…。
次回はそんなお産のこぼれ話をして締めくくりたいと思いま~す。
立ち会い出産の話とか、胎盤のこと、促進剤の影響などなど!
続きもまた、読んでね~っっヽ(゚▽゚*)Ξ(*゚▽゚)ノ
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いたちむらお産体験記 こぼれ話その1

さてさて、今日はいたちむらのお産こぼれ話でも、と思います。
話したいことはいろいろ、井戸端会議のようにあれこれと
頭に浮かんでくるのですが、まずは前回コメント下さった方と
少し話に出た会陰切開について。


 会陰切開のこと


いたちむらは、痛いのが嫌いです。
陣痛でこれ以上ないほどに痛いだろうに、そこへハサミで
バチンとあ~んな部分を切られるだなんて、妊娠する前に
うわさに聞いた時から想像を絶する恐ろしさでした。
とはいえ、施設によっては切開しないところもあるらしい。


実際妊娠してから、見学した病院の方針を聞いたり、
本などから情報を得ていくと、両者の言い分はこうでした。
切開派が言うには、自然裂傷でびりびりと会陰が裂けると、
ハサミで綺麗に切った時よりも傷の治りが遅い。縫うのも大変。
それで、普通は初産なら最初から切開するのが良いのだと。


逆に切らない派が言うには、会陰は時間をかけてゆっくり産めば
非常に伸びの良い部位で、もともとそう簡単に裂けるものではない。
仮に裂けたとしても1cm程度が普通で、ハサミで切開した場合の
3~4cmと比べると、明らかに傷が小さくて済む。
それに治りが悪いほどひどい裂け方はめったにあるものではない。


二つを比べて考えて、結局私がとったのは後者の病院でした。
まあ、実際には「裂けてもいいから早く産みますっっ」と
言ってしまい、結果1cmの自然裂傷となってしまった私ですが。
よく出産を「鼻からスイカ」と表現するのを聞きますけど、
産道はだんだんと広がるので、本当に赤ちゃんが通る時には
そんな鼻の穴とスイカのようなギャップは全く感じませんでした。
なので、あの感じからすると、ゆっくり産めば会陰も良く伸びる、
というのはあながち想像出来なくもない気がしますp(`ω´)q


ただし。


それはきちんと前準備をした会陰に関して言えることです。
出産本番で伸びがよい会陰にするためには、事前にしっかりと
組織をオイルマッサージし、硬直した細胞をほぐす必要があります。
いたちむらはだいたい臨月入る頃から会陰マッサージを始めました。
お風呂上がりが一番抵抗なく出来ると思います。


会陰の場所は、自分ではよく分からないので(自分の体なのにね…)
内診の時に先生に聞くと、「ここだよ、ここをこうしてね…」と
実際のマッサージの方法まで教えてくれましたが(〃艸〃*)
あとはその感覚を自分の手で再現するだけです。
最初はこわごわでしたが、だんだん「伸びろ伸びろ~」と
いう感じで、要領が分かってきます。




私の場合、この会陰マッサージには
メドウズのイブニングプリムローズオイルを使いました。
イブニングプリムローズにはガンマリノレン酸という
脂肪酸が含まれており、細胞を若返らせ、肌を柔らかくし、
伸びが良くつやのある肌を作ってくれるオイルです。
これを指にとって、そのまま会陰に塗布しマッサージします。


でもね、何だかんだ言って、最初から会陰をぐいぐい
マッサージ出来る人ってのもなかなかいないと思うんですよ。
私もやっぱ基本的には「ううう…」と思いながらでしたし。
なので、とりあえずふやかして柔らかくしてみよう!(?)
みたいなノリなのが会陰ピチュです。


会陰ピチュはですね、コットンを植物性のオイルに浸し、
たっぷりオイルを含んだコットンを直接膣の入り口に挿入。
10分くらい湿布したらコットンを出し、そのままマッサージ。
要するに湿布なのでマッサージはしなくてもいいのですが、
せっかく手にオイルが残っているので、ね。


ちなみに、いたちむらは会陰ピチュには
セントジョーンズワートオイルを使っていました。
このセントジョーンズワートオイルは、ハイペリカムという
ホメオパシーでも使われている薬草を油に浸して作ったもの。
傷の出来にくい丈夫な皮膚を作る、薬効の高いオイルです。
会陰ピチュには他にもカレンデュラオイルなどがお勧めです。
カレンデュラも、ホメでは「傷」と連動していますよね!


いたちむらの場合は、イブニングプリムローズオイルも
セントジョーンズワートオイルもたまたま手元にあったんで
使ってみましたが、これらは両方とも酸化しやすいくせにお高い!!
なので、セントジョーンズワートだけでピチュもマッサージも、
というのでも大丈夫だと思いますよ~
実際、私の場合も、後半はもうほとんどこのピチュ→そのまま
残った同じオイルで軽くマッサージ、で終わり~って感じでしたし。
要は、自分の体ときちんと対話することだと思います(´ω`)


あ、そうそう。


このピチュとマッサージは、事前に主治医や助産師さんに
相談してから始めて下さいね~。
膣を刺激するのは、場合によっては早産を招くこともあるし、
他にも感染症の心配とか、個人差が大きいと思います。
だからこそ、このマッサージはもともと臨月くらいから、
ってことなのでしょうね。乳首のお手入れもそうだけど。
お腹が張ってきたら一休みしながらやりましょう~
様子を見つつ、いいお産が出来るよう念じながらやって下さいね♪


次回のこぼれ話は「胎盤」の予定で~す(*´∇`*)

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いたちむらお産体験記 こぼれ話その2

毎日ギラッッギラに暑い日が続いていますね。
最近、「ハゼちゃんね、大きくなったら脳みそになるの」
我が娘に言われ、親としてどういうリアクションをとるべきなのか
非常に悩む今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしですか?


さて、今日はお産こぼれ話のつづきで~す!
まずは前回予告しました、こちらの話題から。


 胎盤のこと


突然ですが、胎盤のお話。ええ、あの胎盤です。
お産が終わってまもなくすると自然にはがれて出てくる、
あの後産というものでお出ましになる胎盤さんです。
知ってます?奥さんっっ!実は、あの胎盤って。


食べられるらしいんです。


助産院で産んだ人ならご存知、または経験済みかもしれませんが、
あの産んだ後に出てくる胎盤は、食べることが出来るのだそう。
これは妊娠中に自然育児の本かなんかで読んだ話なのですが、
とれたてほやほやのものなら、わさび醤油で刺身のように
食べさせてくれる助産所もあるのだとか!!
その話では、産婦さんと立ち会いのダンナさんとで、
取り合うようにして食べたくらい美味だったというのです。


えっっ?ただでさえ暑いのにそんなグロい話をするなって??
す、すみません…確かに刺身って季節柄でもないですがね…
でもね、これがとってもおいしいんだそうです。
何しろとれたて新鮮ですからね。
さばいたばかりの羊肉だと臭みもなくて絶品だといいますが、
まあ、人間の胎盤も同じことだと思います。


それに何と言っても、この胎盤を食べると元気が出るそうです☆
よく動物もお産の後に自分の胎盤を食べてしまうと聞きます。
人間の産後の回復にも、天然のリポDか?ってほどの効果があるかも?
胎盤って、ようするにあのプラセンタですからね。
栄養満点、美容効果も相当高いのではないでしょうか。
捨てずに食べて有効利用、こんな理にかなった話はないですよね。


じゃあ、実際いたちむらは食べたのか?


って話なんですけど…残念ながら食べられませんでした。
見せてはもらいましたよ!出て来た時に、これだよ、って。
でも、いたちむらの場合あんな絶叫モノのお産をした後で、
偉そうに「胎盤、食べたいです」なんてツウなことを言うのは
あまりに気が引けたので、とてもそんな生意気は言えず…。
結局、ダンナくんと二人してモノを見て、「へぇ…」と
気の抜けた感想を言って終了。その後胎盤は処分されました。


でもねぇ、出来れば次にチャンスがあったら、
今度はぜひ食べてみて、その味を確かめたいと思っています。
こういう時でないと経験出来ない、究極のグルメですしね。
そんで、もしかしたら産後もメキメキ回復するかもp(`ω´)q
出産後にご自分の胎盤を食した経験のある方がいたら、
ぜひこちらでお話聞かせてもらいたいです♪


ちなみに、普通の病院だとほとんどの場合はこういった
融通を利かせてくれるところはないと思いますが、
個人産院などでは、胎盤を冷凍にして自宅に
持ち帰らせて下さるところもあるのだそうです。
いたちむらのママ友で、持ち帰った胎盤を記念にそのまま
自宅の庭木の下に埋めた、って人もいましたよ~。


胎盤っていうと、人によっては臍帯血の寄付ってイメージの方が
強いかもしれませんが、そんな献身的な話でなくてスミマセン…
自分が食べちゃうなんて不謹慎なっっ!!と怒られるかも、ですが、
この「胎盤食べれる」話は、いたちむらの中で5本の指に
入るほどの印象深いお産こぼれ話なのであります。


 「速く産むとラクですか?」へのお答え


お産体験記でもお話しした通り、いたちむらのお産は
破水後の陣痛促進剤による、超特急のお産でした。
分娩所要時間、3時間53分。
確かに破水後の前駆陣痛が気まぐれに襲ってはきたものの、
本格的な陣痛と向き合ったのは、まさにこの約4時間なのです。
どんなに速くても12時間前後はかかるのが普通と言われるお産。
自分でも驚異の逃げ足で逃げ切った感の強いお産でした。


そうすると、ですね。


たいてい聞かれるのは、「じゃあラクだったでしょ?」という疑問。
確かに分娩時間はあまりに長すぎると体が疲弊してしまいます。
痛い時間が短ければもちろんラクにちがいありません。
でも、薬で不自然に短くされたお産は、後で体に負担が来ます。


産後直後の一週間くらいは、ご多分にもれず私もハイな状態でして、
あまり眠れず、妙にいつもと違う気分で高テンションが続き、
実際は疲れているはずなのに、それは体には全く出ませんでした。
しかし、退院して自宅に戻ると毎晩大量の寝汗をかくのです。
きっとホルモンバランスが大変革を起こしていた時期なのでしょう。
ちょうど夏場だからそのせいだろうとも思って、
気にせずせっせとパジャマを毎日のように洗濯していました。
真夏の日差しの中、ベランダで洗濯物を干していると、
目がチカチカしてしょっちゅう立ちくらみを起こしました。
今年の夏は格段に暑いのだなぁと一人のんきに感心していました。


産後は里帰りせず、母の応援も週1回程度、料理に来るだけ。
あとの家事はダンナくんと私で何とかやっていました。
そこへきて、あの寝ない赤ちゃんの登場です。
生後1ヶ月頃にはハゼさんのそけいヘルニアも判明し、
眠れぬ夜にさらに拍車がかかっていきました。


そして、気付いたら。


体のだるさが抜けず、いつも目がチカチカし、
起き上がるのも辛いほど体がしんどくなっていました。
そして、ハゼさん生後100日を迎えてホッとした頃には、
産後うつと診断され、ついでに尿漏れのおまけ付き。
体がずいぶん無理をしていたツケがついにまわってきました。


先程お話しした、胎盤を木の下に埋めたママ友が言っていました。
「超特急のお産をすると、体にとっても負担がくるんだよ。
おまけに産後は人一倍休まなきゃいけないのに、無理するから」


そうだったのか…。( ̄□ ̄;)


どうりで体が思ったように動かないはずです。
てっきり、私のお産はラクだったのかと勘違いしていました。
薬で不自然に時間を凝縮したお産は後でどっと負担になるのだとか。
やっぱりここにも人工的な医療措置の弊害があるのです。
もちろん、その後しっかり休息をとらなかった(とれなかった?)
私も問題アリですが、やはり自然なお産とは違うのですね~。


そんなわけで、「速く終わってラクだったでしょ?」という
質問の答えには、そうとは限らないと言うのが適当でしょう。
痛みからは逃げ切ったけれど、産後の肥立ちはよろしくない。
やっぱり、どんなものにも「ちょうどよい」があるのですね…
「いい加減」とも言うし、「中庸」とも言う。
お産は、短くても長くても、どっちも大変なのです。
自分と赤ちゃんにとってちょうど良いペースで産むのが
本当の安産なのかもしれませんね。


てなわけで、次回のお話は「立ち会い出産」の予定で~す。
ちなみに「これはどうだった?」っていう皆さんからの疑問も
お待ちしています~☆コメント欄に書いて下さいねっっ
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いたちむらお産体験記 こぼれ話その3

先日、近所でいつも顔なじみの小学生や幼稚園生の子達と
ハゼさんを遊ばせていたら、「ねぇ、動物ごっこしようよ!」
と年中のお兄ちゃんに唐突に誘われまして。
この私をどんな動物に例えてくれるのか楽しみにしていると、
じゃあ、ハゼちゃんママはウンチね!(^▽^)」
と満面の笑みでいきなりウンチ役をわりふられた今日この頃、
皆さんいかがお過ごしですか?(ていうか、ウンチって、動物?)


…気を取り直しまして、今日のお産こぼれ話はこちら~。


 立ち会い出産のこと


いたちむらのダンナくんは、結果的に破水の翌日丸1日と
お産の日の1日、ずっと仕事を休んで立ち会うことになりました。
本当なら、お産が本格的になったら途中で仕事を抜けて駆けつけ…
くらいの予定だったんですよ。普通みんなそういう感じですよね。


でも、予想外の破水に人工的な陣痛誘発の入院。
破水の翌日は先生に「今日仕事休んで付き添ってあげて」と
言われてしまうし、当日は「薬だとどういう展開になるか不安」
という私の気持ちに応えて最初から休んでくれたダンナくん。
でも、そんなダンナくん。実はもともと、


立ち会いには消極派でした。


理由は、よくあるタイプのものです。
「血を見るのは苦手だ、グロいのは怖い」
「人が苦しむ姿を見るのは、出来れば避けたい」
「妻を女として見られなくなるらしい」
まあ、最後の一つに関しては、もともとダンナくんは私を
女じゃなくていたち(ウンチじゃないですよっっ!)だと
思ってるらしいので、別にいいんですが。


でも、妊娠中のいたちむらのたっての願いで、
あまり気の進まないダンナくんに「そこまで言うなら」と、
立ち会いOKをもらっていたのでした。
お産をするAクリニックも基本的に立ち会い推奨派の病院で、
パートナーにつかまって陣痛をやり過ごすスタイルなども
両親学級で教わりました。(現実はそんな余裕なかったですが)


ちなみに、私が見学したもう一つの総合病院では、
立ち会いはOKだけど、衛生上の理由で専用の白衣と帽子に
マスクとビニール手袋着用が必須と言われて、
ずいぶん違うもんだなぁ~と思ったおぼえがあります。
その病院は上の子がいる場合、感染症を持ち込むおそれがあるので、
12歳以下の子供はお見舞いさえも禁止(!)と徹底してました。


で、実際立ち会ってもらった感想ですが。


文句なしで、立ち会ってもらえて良かったと思ってます。
私のお産体験記を読んでいただくと、A先生があまりにも際立ち、
立ち会っているはずのダンナくんの影がどうしても薄いというか、
まるでA先生と二人で産んだかのような印象を与えるかもしれませんが、
実際、この時にいてくれたダンナくんの存在は大きかった。
…と書いておこうと思います(笑)


いや、ていうか、ホントにね。


あの破水後の不安な一日を前向きな気持ちで過ごせたのも、
促進剤の強烈な痛みが始まる時の不安を何とかやり過ごせたのも、
私がひとりぼっちじゃなく、ダンナくんが常に側にいてくれたおかげ。
もちろんね、あの場でお産の進行のカギを握るのは、
私自身以外ではA先生しかいなかったわけですから、
どうしても私の目線はダンナくんではなくてA先生でした。


とはいえ、おろおろしながらも私が指示したところを
必死にさすってくれたり、手を握っていてくれたり、
とにかく一緒にいてくれる家族がいる、というのが
どれだけあの時の心の支えになったことか。
誰もいなくて一人の状態を想像すると、何だかゾッとします。


でも、一番良かったのは。


生まれたてのハゼさんを見てもらえたこと。
出て来たばかりのハゼさんを見たダンナくん。
「世の中にこんなにかわいいものがあったのか!!」
と思ったと、今でも目を輝かせ、昨日のことのように言います。
立ち会い出産はするべきだ、と今では他の男性にも勧めるほどです。


ちなみに私は、というと、実は生まれたばかりのハゼさんの顔は
そこまで記憶に残るほど直視出来なかったんです。
あれよあれよという間に胸に乗っけられてカンガルーケアを
始めたので、そうなると顔がよく見えないんですよね…


あの瞬間から、ダンナくんはハゼさんのしもべとなりました(笑)
お風呂やうんちのオムツ替え、寝かしつけなどもう当たり前。
食事の世話や歯みがき、髪結いに至るまで何でもやってこなします。
これも全て、ハゼさんへの愛情あるがゆえ、です。
立ち会い出産をすると、どんな男性でも生まれ変わったかのように
子供をかわいがるようになる、と何かの本で読みましたが、
我が家に関してはこの話は大当たりだったかもしれません。


ちなみにAクリニックは全室個室の母子同室だったため、
いたちむらの入院中はずっとダンナくんがそこに寝泊まりし、
夜はハゼさんを真ん中にして初日からずっと3人で寝ました。
「まるで3人で初の家族旅行にでも来ているみたいだね」
と平和に話したのを覚えています。


次に機会があるのなら。


私はやっぱりダンナくんに出来るだけ立ち会ってもらって、
可能ならハゼさんにもその時を一緒に迎えてもらいたい。
立ち会い出産にはいろいろな考え方があるとは思いますが、
次の機会に恵まれるなら私はそんな施設を探したいと思っています。


次回は、産後のお悩み、「痔」の話の予定で~す。
スイマセン、最近なぜかシモばっかで…(-_-;)
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いたちむらお産体験記 こぼれ話その4

長々とお話してきたお産話も、本日大詰めでありますっっ
ここ最近、シモにシモを塗り重ねてきたいたち村ですが、
今日はその集大成?とでも言えそうな下品の親玉話を少し…


 痔のお話


お産をしても、痔になる人とならない人がいるようですが、
残念ながらなる人の場合には、会陰切開(裂傷)の傷とともに
この痔が産後の女性を悩ます相当な曲者になるわけです。
いたちむらの場合には会陰が裂けた傷とこの痔をかかえまして、
産後数日は、股がもう自分のものではないような感覚でした。
あまりの辛さに、座るたびに「股がまた痛いよっっ」とか
さみしいダジャレをそこにいる家族の者にふりまく始末。


そもそも「痔」と言うと、ですね。


お産の痔を経験してない方は、というかそもそも痔なんて
縁のないうら若き乙女の皆さんは、おそらく尻の皮膚が
ぱっくり割れる、いわゆる「切れ痔」を想像するでしょう。
しかし、いたちむらの経験したのは切れ痔ではありません。


妊娠中に赤ちゃんの重みなどが原因で静脈の血流が悪くなり、
普段から内痔核(いわゆるいぼ痔)が出来るようになってくる。
それが出産時のいきみでものすごい腹圧がかかり、ついには
肛門からはみ出してしまう、脱肛と呼ばれるものでした。
出産が終わった時には腸の内壁が突出してはみ出したまま、
肛門に締め付けられるので紫色に内出血し、とても痛むのです。
…あっっ、すいません、グロくて…。


実はいたちむらの場合、こういうお尻の悩みは
このお産の時が初めてというわけではありませんでした。
といっても、ベテラン痔主さんじゃないですよっっっ
ふつう痔というとたいてい出血がともなうイメージですが、
いたちむらの場合、お尻の皮が厚くて丈夫なのか、
この出産の時も含めて出血は一度も経験がありません。


その代わり20代に入った頃から、立ちっぱなしで疲れたり、
またはものすごく下半身が冷えるような状態だった時に、
腸の内壁らしき部分が肛門からちょっくら出てくるのです。
そんな何センチも出ませんよ!数ミリ程度に張り出す感じです。
でも、肛門には締め付ける力があるので、こうなると痛い!
お風呂につかって温まると治るので、医者には行きませんでした。
でも、いちいち不便な体だなぁと思い、ひそかに悩んでいました。


それがある日。


私の母方の祖母(ハゼさんのひいばあ)と何気なく
世間話をしていた時にたまたまこの体の問題の話になり、
なんと!祖母も同じことがあったと言うではありませんか!
冷えるとそうなるというのも同じです。体質なんでしょうか。
思いがけず見つけた戦友にすかさず対処法を聞いてみますと、
「そりゃあアンタ、指でちょいっとしまっとくんだよ」
と、こともなげに言います。…80年の重みは違います(-_-)。


とりあえず、体質であって病気ではなさそうだと知って安心し、
実際に冷やして発症することも数年に1回あるかないかくらいで
過ごしていた矢先、ついに私の体は妊娠し、臨月を迎えました。
すると、赤ちゃんが重くなってくるこの時期、9ヶ月後半頃から、
排便をするたびにこの「腸のお出まし(笑)」が再発したのです。
赤ちゃんの重みで下半身の血流が圧迫されることが原因でした。
臨月の後半では、習慣にしていたお散歩中にも起こるようになり、
お湯につかって治して…などとは言ってられなくなりました。


心配なのは出産時です。


普段から用もないのにここまでご足労下さる腸壁さんです。
いきんでぬおぉぉおぉ~などと腹圧をかけようものなら、
どんだけ出て来て頂けちゃったりするもんなんでしょう…
そして、出て来た後はお帰り頂けなかったりとか??(汗)
出産自体も不安でしたが、私は腸壁さんの身が心配でした。


ちなみに、その頃通っていたヨガのマタニティクラスを
担当していた院長先生(御年61歳)にこの相談を持ちかけると、
何とも意外な対処法を伝授されました。
「それはね、出産を機に、取ってしまった方がいいですね。
いきんで十分はみ出してきた段階で、お医者さんに
絹糸でその部分をきつくしばってもらうんです。
そうすると、次にいきんだ時にコロッと取れるから」


…って、えええええーーーっっっ!!Σ( ̄Д ̄;)


凄すぎます…会陰切開でさえためらっている私に、
腸壁さんを絹糸でコロッと、って…どんな世界ですかっっ??
私はそんな話を聞いただけでクラクラッとしそうでした…。


結局、当時読んだ大野明子さんの「分娩台よ、さようなら」に、
大野先生の介助するお産では、肛門を脱脂綿で押さえて
腹圧がかかってもなるべく出て来ないようにくい止める、
と書かれているのを見つけ、私はそれに希望を持ちました。
実際、Aクリニックにもその点をお産時の希望として
話しておき、あとは当日に何とかしようと思っていました。


しかし当日。


あの大騒ぎお産です。会陰さえ裂けてもいいと思えた陣痛です。
当たり前ですが、A先生は私の腸壁さんの心配どころではなく、
他のもっとお産にとって本質的なことに非常に真剣でした。
そしていきんでいる最中、私自身も「あっっ、腸壁さんが…」
とは頭の中で思いつつ、えいもういいやっっ!とあきらめ、
とにかくハゼさんが無事出て来ることに集中しました。
結果、その後にははみ出した紫色の腸壁さんが残されました…


産後、もっとも重宝したものと言えば。


ええ、ええ。何と言ってもドーナツクッションですよ。
私は当時、そういったグッズをあなどっていました。
当然、退院してからは家に円座などの用意はありません。
あわてて父に頼んで買いに行ってもらいましたが、
正直あまり満足のいく品物は手に入りませんでした。
それでもないよりはマシなのでありがたく使いましたが。


今、私が「ねぇ、出産準備品って何が一番必要?」と
妊娠した友達に聞かれて真っ先に答えるのはまさにこれ。
円座クッション授乳クッションです。
それだけは絶対にあなどらずに準備しとけ、と。
後から自分の納得のいくものを買いに走ることは出来ないのです。




特に円座は、座ってもぺたんこにならない、肉厚なやつ。
かといって長時間座り続けても疲れないソフトなもの。
低反発の円座クッションなんかいいかもしれませんね。


あと、こんなかわいい円座も(安いし♪)
でもすぐにへたっちゃうかな…




とにかくですね。


痔は皆が皆なるわけではないにせよ、会陰は初産なら
多少なりとも裂けます。全く無傷の初産の股なんて、
ぜひとも拝ませてもらいたいほど希少なはずです。
そうなると、少なくとも産後1ヶ月は円座なしでは過ごせません。
しかも産後直後からおっぱいで長時間座ることも多く、
意外と一日のうちで座っている時間って長いんですよね…


ちなみに、いたちむらの腸壁さんですが、病院でもらった
薬を塗りつつ2~3週間ほどで完全にお帰りになられました。
その後、冷やさないように気をつけているというのもあり、
あれ以来腸壁さんにはお会いしていません。
あるいは、きっとあれだけ外の世界に出てみることが出来て、
もう十分満足されたということなのでしょうか…(遠い目)


今日は本当に、シモのきわみのような回ですみませんでした…
いたちむらのお産体験記&こぼれ話は、これでおしまいです。
次回からは最初の育児の難関、「おっぱいの話」を予定しています。
慣れない授乳、母乳不足、たいていのお母さんがぶつかる
育児の大きな壁、もちろんいたちむらも経験してきました。
そんなお話をいつものシリーズ立てにしていきますので、読んでねっっ
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 2006年8月生まれの甘えっ子女児ハゼさんを猛烈育児中。寝ない+泣き虫+べったりの赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?寝ても覚めてもいっしょのハゼさんとの毎日、専業主婦の毎日をもっともっと楽しくしたい!と思って書き始めたのがこのブログ。超インドア派・体力ゼロのぐうたら母がハードなお子さんといかに楽しく&楽して過ごすかをつぶやくページです。
 2008年の春からハゼさんを保育園に預けて職場復帰。待機児童問題に巻き込まれ、数々の保育園転園を経験しつつ、2010年からやっと認可園に落ち着きました。ここ最近、やっと子育ての春がやって来た感じ?です。ハゼさんと過ごす日々は常にチャレンジの連続!笑いと涙のデパート!そんな日々をこれからもリアルタイムにお届けします♪

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