ゆかいないたち村
寝ない+泣き虫+べったり赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?   初めて育児の悩みを解決する生活改善レシピ!

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母乳で育てたい!母乳不足から完全母乳への道 その1

bottles.jpg


突然ですが、この二つの哺乳瓶、何だと思います?
これはハゼさんが使っていたものではありません。
なんと、いたちむらが赤ちゃんの時に使ったものです。
左の大きいのが、ミルクを飲む用。プラスチック製。
右の小さいのはガラス製で、果汁用のものです。
先日、母が「こんなの出て来たよ」と、いかにも懐かしそうに
私の家へ持ってきて、そのまま置いていきました。


母には懐かしい、甘い思い出なのでしょう。


しかし、この哺乳瓶を前にした私は複雑な心境でした。
以前も書きましたが、私の母は産後1ヶ月で職場復帰し、
子育てはほとんど全て母方の祖母が肩代わりしたのです。
当然のことながら、完全ミルク育児だったそうです。
昔を振り返って母は誇らしげに言います。
「働く気満々だったから、母乳なんて一滴も出なかったわよ」
初乳を与えたかどうかの記憶さえ、残っていないようでした。


当時、私はこの哺乳瓶でガブガブ人工乳を飲んでいたわけです。
そして生後2~3ヶ月になると、水色の瓶で果汁を、ね。
昔の人工乳はビタミンCか何かが不足しがちだとかで、
ミルクっ子は果汁を薄めたものを与えるのが習慣だったのです。
今、果汁がどうこうというのも、その当時の名残らしいですね。


自分が使っていたというこの哺乳瓶を見下ろす今、
賛成するのでもなく、否定することも出来ない、
何とも複雑な気持ちが自分の中でうずまきます。
それを否定することは、今ある自分の根源を否定する気がする。
かといって、ミルクで育ててもらって良かった、とは言えない…


ずっと書こう書こうと思っていた母乳話、させて下さい。


       


正直なところ。


出来れば母には私を母乳で育てて欲しかった、と思っています。
でもね、これからお話しするのは、ミルク育児を否定したり、
母乳で育てたくても諸事情でそれが出来なかったお母さん達を
責めるようなお話のつもりはないんです。
そう感じさせてしまったら、私も辛い…(つω・、)


そうではなくて、当時完全ミルクで育った私が、
なぜ「自分の子育ての時にはどうしても母乳で」という強い執念を
捨てきれなかったのか、そしてどうやってその執念をもとに
母乳不足の不安から抜け出し、いつしか母乳育児を
肩肘張らずにラクに楽しむことが出来るようになったのか、
そんな話だと思って聞いて頂けるとありがたいと思うのです。


言いがかりだと思われるかもしれませんが。


完全ミルクで育った私は、体質面で明らかに劣る点がありました。
当時の人工乳は、今と違って性能も良くなかったのでしょう。
明らかにこれはミルクのせいでは?と思われる不調が多々ありまして。


まず、便秘
赤ちゃんの頃からウサギのようなコロコロ便が当たり前。
高校生までは、毎日出ないのなんて普通。
アロエ、青汁、何でも試しましたけど、なかなかの強敵でした。
これは母乳で育った子にはほとんどない特徴と聞いています。


そして、太りやすいということ
当時の写真にうつっている赤ちゃんの頃の私は、
ブクブクに太った典型的なミルクっ子の姿をしています。
母によると、当時のミルクは糖分が多めだったとかで、
この時期にそういう糖分を摂取するとデブ遺伝子が発動するらしく…


でも、ある時を境に、ですね。


こういった体質がどういうわけか改善されたのです。
大学に入った辺りから、イメージトレーニングなどの努力を経て、
あの頑固だった便秘は解消され、それにともなって消化器系も
整備されてきたのか、むしろやせやすい体質に変わっていきました。


人間は7年で細胞が全とっかえされると言います。
そうすると、あの不利な体質は、ひょっとすると子供時代の
「あの栄養事情」によるものだったのではないか…?という
私のかねてからの疑念が裏付けられるような気がしたのです。


そして何より。


祖母はもちろん私をとても大切に育ててくれましたが、
やはり子供にとって、母と祖母とは本質的に違うものです。
働きに出る母の後ろ姿をかっこいいと思いながら育った半面、
やはりどうしても、どこか母に甘え切れていない部分が、
もっと甘えたかったという気持ちが、今でも残っています。
もしも母乳育児の数年間を、母とべったり過ごすことが
出来ていたら、今の私はまた違っていたのでしょうか。
考えても仕方のないそんなことを、つい考えてしまうのです。


そんなわけで。


私はいつからか、赤ちゃんは絶対に母乳で育てたい
自分が飲む側として経験出来なかった母乳育児を、
与える側としてぜひとも経験してみたい、そんなことを
子供が出来る前から漠然と考えるようになったのでした。
そして結婚し、妊娠した時、ダンナくんも同じ考えでした。


「ほ乳類の子供なんだから、母乳で育てるのが自然でしょ。」


ちなみにダンナくんは、母乳とミルクの混合で育ったそうです。
彼のお母さんは当時高齢出産の帝王切開だったそうで、
母乳育児には不利と言われる状況の中、おっぱいも頑張ったけれど、
足りない分はミルクをかなり利用したということでした。


実はお義母さんはずいぶん昔に亡くなっているので、
残念ながらもう当時の子育てのことは聞けませんが、
混合とはいえ母乳育児を経験したダンナくんを
ちょっとうらやましいと思ういたちむらなのでした。


そして、妊娠7ヶ月の頃。


母乳育児の第一の協力者として、ダンナくんにねらいを定めた
私は、早稲田の相談室で開かれた桶谷式のプレママ講習会
ダンナくんを引っ張って出かけていきました。


その時の講習会では、参加費が1000円かかるものの、
ピジョンとの共同開催だったために、確か3000円相当くらいの
母乳育児グッズをプレゼントしてくれたのでした。
中でもピジョン・桶谷共同開発の母乳相談室はありがたかった~


でもね。結局のところ、参加して何よりも良かったのは、
何と言っても協力者の優良候補であるダンナくんに、
改めて母乳育児の良さやその実践のノウハウを生で聞いて
一緒に体験してもらえたことではないかと思っています。
桶谷認定者の先生方の話はもちろん、当時現役で
双子を子育て中のお母さんの話もとても印象的でした。
もちろん、桶谷の手技も生で見せてもらえました~☆


そんな中、いたちむらの母は。


母乳育児に対して、私達とは正反対の意見を持っていました。
「母乳なんかより、ミルクの方が絶対にいいのに…」
「ミルクの方が本当に栄養たっぷりなのよ」
母乳が足りないならミルクを足したらいいわよ、
とか、そんなレベルの話ではありませんよっっ
「何で完全ミルクにしてあげないの?」って勢いですから。
そんな母を前に、妊婦の私はただただ言葉を失いました…


今日も長くなったので、ここら辺で~ε-(ノ゚ー゚)ノ
次回はハゼさん産まれてからの母乳育児実践編に入りますっ!

続きのお話→その2はこちら!>
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テーマ:ママのお役立ち情報 - ジャンル:育児

母乳で育てたい!母乳不足から完全母乳への道 その2

8月もあと少し。夏らしい夏も終わってしまいますね…
我が家では先週、私が疲れでダウンしていた土曜日に
ダンナくんがハゼ子を六本木ヒルズへ連れて行ってくれました。
そして、帰ってきたハゼさんの楽しそうな第一声が、
「ママ~!六本木ヒロシ、行って来たよ~(^∀^)」
だった今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?
(…本当にそういう人がいそうな気がするのは私だけ?)


さて、母乳話その2で~す。(前回のお話、その1はこちら)


今って、赤ちゃんがめでたく産まれた直後に、
すぐにお母さんの胸の上に赤ちゃんを迎えてだっこする、
いわゆるカンガルーケアをするところが多いですよね。
もちろん、いたちむらもやりました~。
(まーあれは、産婦のあごのすぐ下に赤ちゃんの頭がくるので、
正直、感慨深いとかなんとかよりも、「あのー、赤ちゃんの顔、
全然見えんのですが…」っていう方が印象に残ってます…)


普通はこの時にね。


赤ちゃんが初めておっぱいを飲むんですよね。
すごい子だと、自分でおっぱいを探り当てて吸いに来る。
そして、初めてとは思えないほど、上手に飲む子もいる。
いたちむらも事前にそんな話を耳にし、
ひそかにそんな我が子の姿を楽しみにしていたのでした。


しか~し。


この日のハゼさん、ぜんっっっっぜんやる気ありませんでした。
目を開けて周りの世界をじっくりと眺めている様子のハゼさん。
でも、おっぱいを飲もうとか、探そうなどという気はなさそうです。
助産師さんが手助けをして、「ほらここだよ、くわえてごらん」
と乳首を差し出して唇をつついても、口を開こうともしません。
「え?私、赤ちゃんじゃありませんけど」とでも言い出しそうな
高尚そうな様子で、ハゼさんは乳首に見向きもしませんでした。


「まあ、やる気のない子もたまにはいるのよね」と助産師さん。
赤ちゃんは2~3日分くらいのお弁当を持って産まれてくるので、
最初の一日は何も摂らなくても問題はないわよ、と。
そう言われて、何だか拍子抜けしつつも、今終わったばかりの
お産の余韻が冷めやらず、まあ授乳はあとでいっか~、だった私。


しかし、その後一日間、事態はほとんど変わりませんでした。
数時間おきに助産師さんと一緒に授乳の姿勢を試みるも、
相変わらず高尚そうな顔つきで、乳首をくわえもしないハゼさん。
おっぱいの方も、張る様子も何かが分泌される雰囲気もなく。
「まあ~、最初はそんなに焦らなくて大丈夫よ」
そんな助産師さんの言葉を信じ、その日は過ぎていきました。


はたして、ハゼさんがやる気になったのは。


産まれてから24時間弱が過ぎようとしていた出産翌日のことでした。
突然、真面目な面持ちになって必死に吸い付こうとするハゼさん。
額にマークが見えるような気がするほど真剣です。
…ていうか、そんなんだったら昨日頑張っといてくれよ…(-_-)
こちらも大切な1日目を全くさぼって過ごしていたわけですから、
きっとたいした分泌量もないのでしょう。
助産師さんがつまむと、ほんのりにじむ程度です。


それでも初めての授乳は、嬉しいような新鮮なような、
それでいて「えっっっ…思っていたより大変な作業かも…」と
気が重くなってしまうような体験でした。


何より、慣れない姿勢で数十分も抱っこを続けることの大変さ。
そして、吸われるたびにきゅ~~~っと生理痛のような痛み…
これは授乳の刺激が産後の子宮を収縮させるのを助けており、
いわゆる後陣痛を引き起こしているわけですが、
「産み終わってもまた痛み…?」と思うと正直ブルーでした。


しかし、ホントに辛いのはその後のこと。


翌日も、ハゼさんは人が変わったようにせっせと飲んでおり。
そんな中、ちょうど休日だったということもあって、
いたち家の父母と、ダンナくんの父、つまりお義父さんが
病院へ赤ちゃんを見にやって来てくれました。
みんなもちろん大喜びで、いつになくおめでたい嬉しい雰囲気。


しかしですね。さっそく問題が発生しました。
私が入院していたのは8畳ほどの母子同室の個室です。
親達は「へぇ~今は新生児室がないのか…妙なもんだな」などと
言いつつも、皆わいわいとその部屋に集まって談笑していました。
とはいえ、時間が来れば赤ちゃんは当然泣き出します。
まずはオムツを…あらら、それでも泣きやまない…となると…、、


振り向くと、父母、義父が談笑をやめ、きょとんとしていました。
「えーと、あの…おなかすいてるみたいだから、授乳します」と私。


普通ですね。


この一言で分かってほしいんですよ。空気読んでほしいんです。
でも、男性群はおろか、母さえもその意味が全く分からず、
「あーそー」と言ったまま誰も部屋から出る人はいませんでした。
ていうか母、さすが、ミルク信者なだけあります…。


ダンナくんも今ならきっと「はいはい、出てって~」と
サックリ言えるんでしょうけど、当時はまだ青かったです…
仕方なく、私はベッドの上に座り込み、お客さん方に背を向け、
壁に向かってパジャマの前を開け、授乳を始めました。


しかし、後ろに人がいる…というミョ~な緊張感からか、
うまくくわえさせることさえ出来ず、ハゼ子は泣くばかり。
焦れば焦るほどどうにもならなくなり、私はダンナくんに
頼んで、助産師さんを部屋に連れてきてもらいました。


結局、来てくれた助産師さんが「ちょっとこれじゃあ
お母さん落ち着いて授乳出来ないので、外でお待ち下さい」と
親達に声をかけて下さって、やっと落ち着くことが出来ました。
あの配慮がなかったら、と思うと、ゾッとします。


これ、個室型母子同室の盲点です。


ていうか、単にデリカシーのないうちの親族の問題ですかね(^^;)
でも母子同室だと、正直お見舞いとかを母子別室のノリで
やってしまうと、産婦さんが全然休めないのは確かです。
もちろん、母子同室でも4人とかの大部屋ってパターンもあって、
これはさすがに親族がずっと長居っていうわけにもいかない
雰囲気なので、少しはマシなのではないかと思いますが…


特に遠方からどちらかのご両親が来るという場合も要注意です。
うちの場合、義父が遠方でして、お義父さん本人は早く帰ると
言ってくれていたものの、「せっかく遠くから来ているのだし」
とダンナくんが引き止めたため、その日12時にやって来た
お義父さんは、夜の8時にやっとお帰りになられました…。


もちろん、ずっと病院にいるのではお互い疲れるからと、
間の数時間は自宅にご案内したのですが、それでも私にとっては
なんとも気が休まらず、その日は貧血を起こしてしまいました。
まあ、ダンナくんの気持ちもよ~く分かりますからね~。
けど、産婦はとにかく入院中に無理しないことです。


あっっ、話がそれましたが。


そんなこんなで、入院中の私のおっぱいは、張ることもなく、
ほとばしるように出ることなど、もちろん全くなく、
夜中などは激烈な勢いで泣くハゼさんを前に、
ただただ奮闘するしかない日々を過ごしておりました。
助産師さんからはいろいろな授乳姿勢を教わったものの、
一人でラクに出来るなんてまだまだ遠い先のことのようでした。


出生体重も、入院中に500g近くも減ってしまったため、
最後の方の日は少しだけ(20cc程度)ミルクも使ってみました。
たった20ccのミルクを助産師さんに飲ませてもらい、
満足そうにこてっと眠るハゼさんを見て、ホッとするとともに
これからの生活への不安と焦りを感じるいたちむらでした。


そんな思いで迎えた退院の日。


私は、退院前の朝の検診を受けるために、外来のベンチに
座って順番を待っていました。すると私の隣に、
2歳くらいの女の子と一緒に来ている妊婦さんが座りました。
その女の子を介していつの間にか私達は話をしていました。
私は今日退院だということを話し、母乳不足な気がして焦ってる、
ということも話しました。何かアドバイスをくれるかもしれません。
すると、その妊婦さんが言ったのはこんな言葉でした。


「私は出産したその時からパジャマがびしょ濡れになるくらい
母乳が出ていたから、その意味での苦労は全然なかったですよ」


「えっっっ??何か特別な工夫でも?」とすがるように聞く私に、
屈託のない様子で明るく「さぁ~」と答えるお母さん。
当然、私の焦りは余計に大きくなっただけでした。
いや、その妊婦さん自身は、とても感じのいい方だったんですよ。
ただ自分の体験をそのまま話してる、ってだけ、というか。
…でも、正直、この話は痛かったです…(×_×)


そうして、いたちむらはハゼさん以外にも何か別の
重~いものを背負って、病院をあとにしたのでした。
はたして退院後の生活はいったい???続きはまた次回で~す☆

続きのお話→その3はこちら!>
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母乳で育てたい!母乳不足から完全母乳への道 その3

入院中は初めての慣れない授乳にてんてこまい、
なかなかハゼさんの満足のいく量が出なかったいたちむら。
退院時には、よその経産婦さんの「パジャマがびしょぬれに
なるほど出た」の言葉に衝撃の顔面パンチをくらいつつも、
ついに晴れて退院し、我が家に戻ったその後はいかに?
(前回のお話、その2はこちらからどぞ!)


自宅に戻るということは、頼りにしていた助産師さんがもう
いつでもそばにいてくれるわけではないことを意味します。
しかも、私の場合は里帰りせず、東京の自宅で産後を過ごし、
家事の多くはダンナくん頼みで時々母に手伝いに来てもらうという
スタイルにしたので、日によっては昼間、自分以外に誰もいません。
自分でそう選んだものの、その状況は少し不安でした。


それでも久しぶりに帰宅すると、ダンナくんによって綺麗に
掃除された寝室に、きちんと敷かれた私とハゼ子の布団がありました。
とても静かな昼下がり、私はハゼさんを真新しいベビー布団に
そっと下ろしてあげました。平和でした。
一人でやっていかなければならないとはいえ、やはり自分の家は
それ以上に私をほっとさせてくれたのかもしれません。
家に帰って二日目の夜から、不思議なことが起こりました。


夜、ハゼさんが全く起きません。


え?なんで~?寝てくれるならほっとけばいーじゃん、
とお思いの方もいるかもしれません。ただでさえその後、
筋金入りの寝ない赤ちゃんへと変身することになるハゼさんです。
赤ちゃん寝てるなら母も寝とけよ、って話は当然の流れでしょう。
しかし、そうも出来ない事情がそこにはありました。


私のおっぱいがどどーんと張り出したのです(T▽T)


授乳時間が近づいて、夜中にふっと自分から目覚めた時のこと。
気付くと両胸に硬質シリコンがはめこまれたのかと思うほど、
どっかーんとおっぱいが張っていました。初めてのことです。
「あぁ…これが張るということなのか…」
などと一人感心してる場合じゃありませんっっ!
とにかく飲んで頂かないと…とハゼさんを見ると、
…寝てます。しかも、いくら呼んでも揺すぶっても爆睡状態。


さっき最後に授乳してから、もう3時間以上が経過しています。
このまま飲ませないで私も眠ってしまったりしたら、
いったいこの爆弾のような両胸はどうなっちゃうの~??
どうしていいのか全く分からず、私は退院して以来初めて
Aクリニックに夜中の4時頃電話をかけました。


産院には夜勤の助産師さんが常駐しているので、
お産の真っ最中でない限り、電話対応してくれるのです。
電話に出たのは、例のおっちょこちょい助産師Qさん
授乳したいのに赤ちゃんが起きてくれないことを話すと、
「ん~、それは何が何でも起こして授乳して下さい。
起こし方はね~、足の裏をくすぐったり軽くつねったりしてみて」
なるほど~、さすがにそれなら起きるかもっっ、と実行すると…


ハゼさん、全く動じません…。


その後、考え得るあらゆる手段を講じてハゼさんを
起こしにかかりましたが、全ては徒労に終わりました…(-_-)
飲んでいただけない爆弾おっぱいを抱えて悩んだ私は
一応自分の手で搾乳もしてみたのですが、これも解決にならず。


自慢じゃないのですが、私、搾乳がド下手なんです…。
通算、2年と1ヶ月母乳育児をしたいたちむらですが、
結局搾乳はほとんどしたことがないまま終わりました。
この「自分で搾乳」がもっともっと上手だったとしたら、
あの日、どどーんと張った瞬間以降、母乳不足で
悩むことはもうなかったかもしれません。
どう考えても、飲まれず搾らずの爆弾おっぱいを
そのままにして過ごしてしまったことは、今思えば失敗でした。


なぜかというと、ですね。


実は、張った状態のおっぱいを飲んでもらわないというのは、
ある意味断乳状態にしているのと同じことなんです。
本当ならこうして張った時にどんどん赤ちゃんに飲んでもらって
刺激してもらうのが、よく出るようになる最大の秘訣です。
飲ませられないのならとにかく搾乳するか、桶谷のような
マッサージで乳管開通も兼ねて出してもらうのが一番です。


こういうことも今なら当然のように分かるのですが、
当時の私には右も左も分かりません。
相変わらず張って熱いままの爆弾おっぱいを抱えた私は、
翌日も一日中、あまり飲んでもらえないまま、右往左往するばかり。
しかもその日はちょうど、父が一人で手伝いに来てくれていて、
私が父の相手をしていると、どうしてもこまめに授乳、という
わけにはいかず、それも良くなかったと思います。


熱いおっぱいを冷やそうと、ハゼさんが寝ている間は
両胸にキャベツ湿布などしていたくらいでした。
まあ、おかげで乳腺炎に発展することはありませんでしたが、
今考えれば、これもちょっとなぁ…な気がします。
しかもこの期に及んで、生真面目に3時間おき授乳。
そんなことせずに、もっとこまめに吸ってもらうべきでした。


そう、その時にね。


車でやって来た父に一応頼んでみたんです。
桶谷に連れて行ってくれないか、って。
でも、待つのが嫌い、渋滞嫌い、狭い路地の運転が嫌い、
の面倒くさがり屋の父の答えがYESであるはずがありません。
結局、その日は私がひとしきり父の子育て論を聞かされた後、
爆弾おっぱいを抱えたまま、ただただ横になることで過ぎました。
この時桶谷に行っていたら、事態はずいぶん違っていたはずです。


翌日、私の爆弾おっぱいは、いつも通りに戻っていました。
その日は産院の7日目検診。母が来てくれて、タクシーで出発。
「自宅に戻って安心したら、よくお乳が出るようになったんだね」
検診の時、A先生は「良かったね」と笑顔で言って下さいました。
体重も退院してからの3日間で十分増えていました。
「退院時よりも70g増だから、1日約23gと。十分だね」


この時期の赤ちゃんは1日20g増が目安。


この1日20gという数値は、その後当分私にとって
重要な数字となってつきまとうことになるのです。
しかし、そんな未来も知らない私は、うかれていました。
実は退院後の3日間、結局ミルクは一度も与えなかったのです。
それでもこれだけ増えているということは、もう母乳の出に
自信を持ってもいいのかもしれない、そう思いました。


しか~し、その翌々日の日曜日のこと。


ついに、あの寝ない赤ちゃん、ハゼさんがその目を覚ましたのです。
忘れもしない、あの産後10日目の日曜の夜。
授乳をしても、しても、いくらしても決して眠らないハゼさん。
乳首を離して最初の数分は、殿様のような偉そうな顔をして
じっと黙って抱っこされているのですが、決して目は閉じません。
もちろん、下(布団)に置こうものなら大泣きで抗議です。


深夜2時になっても、3時になっても、
授乳後のハゼさんの目が閉じることはありませんでした。
ダンナくんと私は、抱っこで揺らしたり、ミルクを足したり、
これでもかと授乳をしたり、そりゃもうあらゆる手を尽くしました。
しかし、この時からハゼさんの「5時まで女」魂に火がつきました。


そうそう、昔よく西洋人形なんかで、横に寝かすと目が閉じて、
体を起こすとまぶたが開くような人形、ありましたよね。
ハゼさんの場合はその逆です(笑)
体を起こして抱っこすると気持ちよさそうにまどろむので、
そっと布団に下ろそうと横にすると、ぱかっと目が開く…。
その鋭い視線を見たら最後、すんません…とふりだしに戻ります。


もちろんね。


寝ない赤ちゃんは全て母乳不足だ、というわけではないと思います。
なぜなら、その後完全母乳になった以降も、ハゼさんの
寝ない赤ちゃんっぷりは相変わらず健在でしたから。
でも、この「満腹な時はやる気なし」というハゼさんの
生まれもっての行動パターンから見ると、どうやらこの日辺りから
乳が足りなくなって来ていたことは想像にかたくありません。


いったん足りてたのが、なぜまた足りなくなるのか。


お察しのいい方ならもうお分かりかもしれませんね。
そうです。あのどどーんとおっぱいが張った、まさにあの日に、
よし来た!と次々に飲ませ、あるいは搾乳しておっぱいの活動を
後押ししてやれば全然スムーズだったはずなんです。


そこからの数週間は、正直、地獄の日々でした…。
夜中は3時まで授乳マラソン状態など当たり前、
かといって、翌朝起きればそこからも大泣き合戦が続きます。
乳首からいったん離せば、防犯ブザーのように泣きわめくハゼ子。
実質、私は24時間吸われっぱなしの毎日となりました。


しかも、それだけ日がな一日吸わせているのなら、
体重の方はそこそこ増えているはず、とあなどっていた私。
甘かったです…。産後2週間頃に来て下さった区の訪問の
助産師さんがばねばかりにかけて測ってくれたハゼ子の体重は、
思ったより増えていなかったのでした(ノω・、)
授乳の様子を見た助産師さんも、「よく飲めているように
見えるんだけどねぇ、おかしいねぇ…」とおっしゃるばかり。


次の週にもう一度来て下さった時も、体重増加は芳しくなく、
増えてはいるものの、目標の1日20gにはほど遠く…。
「出来ればミルクを常時足した方がいいですよ」
ええ、ごもっともです…母乳が足りないのは目に見えてます…
とはいえ、ミルクを足せばその分母乳が出にくくなる、
そしてどんどん赤ちゃんはミルクが好きになって、
母乳から遠ざかっていく…という負のループを思い描いていた
いたちむらは、不安で不安でたまらなくなっていきました。


ただでさえ、自分一人で抱え込むと、不安のループに
抱き込まれてネガティブシンキングにひた走る私です。
一人でこの状況を打開するのはもう無理、と考えた私は、
ついに桶谷式の門を叩く、一本の電話をしたのでした。
かくしてこの時の電話が、その後の私とハゼさんの
母乳育児生活に、一筋の光を当ててくれたのです


今日も長くなりましたので、続きはまた次回~(・ω・)ノ

続きのお話→その4はこちら!>
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テーマ:桶谷式母乳育児 - ジャンル:育児

母乳で育てたい!母乳不足から完全母乳への道 その4

退院後、いったんは爆弾のように張ったはずの乳が、
ある日を境にまたしても足らない…の日々に逆戻り。
区の訪問助産師さんの「ミルクを足した方が…」の一言に
不安になった私はついに桶谷式の門を叩いたのでした~。
(前回のお話、その3はこちらをどぞっっ!)


その頃、我が家から徒歩15分くらいのところに、
ちょうど桶谷式専門の開業助産院がありました。
そこではその後、約2年間に渡って大変お世話になるのですが、
当時まだ産後の回復が思わしくなかったいたちむらは、
とても一人子連れでそこへ出かけていく気力がありませんでした。


そこで電話したのが、妊婦時代にプレママ講習会に行った
早稲田にあるオケタニ母乳相談室東京
ここでは産後直後も何度か電話での相談を聞いてもらえて、
いつも親切な対応をしてくれていたので安心でした。
なるべく早く訪問で来てもらいたいとお願いすると、
何と翌日の午後に来て下さるというではないですか!


訪問で来てもらうと確かに値段は通常より高いのですが、
背に腹はかえられません。それによく考えてみれば、
自分でタクシーなどで行ったら、交通費を考えれば同じだし、
第一、赤ちゃん連れで出かけるのは本当に大変なことです。


実際、来てもらえてほんっっとに良かった…!


こんなことなら、何でもっと早く頼まなかったんだろう…。
そう思いました。訪問代さえ安く感じるほどの収穫でした。


やって来て下さったのは、多分私よりは若いと思われるH先生。
桶谷の先生というと、もっと熟練のおばちゃん先生を勝手に
イメージしてたんですが、H先生は若くて綺麗な方でした。
でも、ことおっぱいと赤ちゃんに関しては本当に博識で、
それまでギャン泣きしていたハゼさんも、H先生が来るなり
その抱っこワザ・あやしワザにかかると大人しくなるほどで。


「うん、ちゃんと出てますよ」


手技をしながらH先生がやさしく言って下さいました。
見るといたちむらの頭上には、まるで水芸のように
ぴゅんっぴゅんっっと飛び散る母乳が…


感動でした…(*´∇`*)


搾乳が下手だった私にとって、こんなに舞い上がるほど
自分の胸から母乳がほとばしる様子を見るのが、
どんなに嬉しかったかはご想像いただけるでしょう…
もちろん、その後よく出るようになってからの水芸度合いと
比べると、その時のものはたいしたことはないのでしょうが、
それでも私には巨大クジラの噴水のごとく見えたのでした(笑)


しっかし、その手技の間中のハゼさん。


当然ながら、布団の上で烈火のごとくお怒りでした…
「置くんじゃねー、抱っこしとけっっ!」みたいな。
私はもちろんオロオロしましたが、そんな時もさすがのH先生。
授乳クッションを使って体を立てるように寝かす方法
教えてくれたのもこの時のH先生でした。


他にも、新生児期の赤ちゃんは意外とうつぶせが好きなので、
目を離さないで見ていられる間は仰向けよりオススメだとか、
(これも「赤ちゃんがピタリ泣きやむ…」の本の通りですね)
そんなお役立ち情報を実践も兼ねて披露して下さいました。


でも、何より役に立ったのは。


もちろん、その時の私の母乳の出の状態と、
ミルクとのさじ加減、それから授乳方法のアドバイスでした。


まず、ハゼさんはまだ口の中があまりに小さいので、
吸い付くのも飲むのも下手だということ。
「飲ませ始めの時、必ずむせたりするでしょう?」とH先生。
そう言えばそうです。ハゼさんは必ず、飲み始めの時に出て来た
母乳を喉で受けるらしく、ぐはぁっ!と毎回むせていました。
そして乳首を奥までINすると、百発百中おえっと言っていました。


口が小さいということは、当然胃もまだとても小さいのです。
だから飲んだそばからお腹がすいてしまい、吸われっぱなしになる。
そこで、お母さんの体力回復のためにも、少し大きくなるまで
少量のミルクを足していった方がいいだろう、ということでした。


授乳の仕方も改善点がありました。


それまで私は、縦抱きにして授乳していたんです。
横抱きにする姿勢が何となくうまくつかめなかったのと、
妊婦の時のママ友さんが、首が早く据わるからというので
縦抱き授乳を勧められてたこと、などが理由でした。
でも、上手な横抱きをすると赤ちゃんもとても飲みやすいんです。


授乳クッションに赤ちゃんを横抱きにして、
頭の下にお母さんの腕を敷いてあげると高さが安定します。
赤ちゃんがまだ小さい場合は、クッションにタオルを重ねます。
で、もう片側の手で首根っこをしっかりつかみ、がつんと乳首をIN!
確かにこの方が、乳首の高さに赤ちゃんの顔が来やすく、
お母さんもラクな姿勢で授乳することが出来るのです。


左右の乳首を替えるタイミングも大切です。
この話はまた後日くわしく書こうと思いますが、
毎日吸われっぱなしとはいえ、1回の授乳時に
左右を替える適切なタイミングってあるんですよ~。
これを知らないで20分以上くわえられっぱなし、というのは
赤ちゃんにとってもお母さんにとっても非効率なのです。


そして一番心配していた体重のこと。


これについてもH先生には本当に助けられました。
H先生はこの日、電子体重計をわざわざ持参して下さいました。
測ってみると、思っていたより体重があったのでした~(T∀T)
ばねばかり式の体重計はおおざっぱな把握しか出来ないので、
体重が少なくて悩んでいる赤ちゃんの家には向かない、
(余計に不安にさせてしまう)とのことでした。


とはいえ、その時点で生後3週間、1ヶ月検診まであと少し。
「あまり体重が増えてないと、病院でミルク強制されちゃう
こともあるから、今週は少し頑張った方がいいね~」と、H先生。
てなわけで、1回20ccのミルクを日に2回くらい足す、
という方針で体重増加キャンペーンが始まったのです~(^^)


その後H先生には1週間ごとに通算3回来ていただきましたが、
本当に毎回やさしく明るく包み込むように指導していただきました。
ある時は、甘いものが食べたいんです…とぼやく私のために
「このくらいなら大丈夫かな」と、近所のパン屋さんの
カボチャあんパンを買ってきて下さったこともありました…(ノω・、)
あの時H先生がいなかったら、世界が180°変わっていたはずだ、
と思うほど、本当にお世話になったのでした。


そして産後1ヶ月半頃、ようやく一人で外に出ることにも
慣れてきた私は、冒頭でお話しした近所の桶谷開業助産院、
K先生のところへ通い始めることになったのであります。


完全母乳まであと少しっっ☆続きは次回です~ε-(ノ゚ー゚)ノ

続きのお話→その5はこちら!>

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母乳で育てたい!母乳不足から完全母乳への道 その5

訪問で来て下さった桶谷のH先生のおかげで、
まさに地獄に仏な経験をしたいたちむらでしたが、
産後1ヶ月半以上を過ぎて、ついに近所の桶谷開業助産院、
K先生のところへ初めて伺う機会がおとずれました。
(前回のお話、その4はこちらをど~ぞ。)


実は、この当時はですね。


以前お話ししたハゼさんのそけいヘルニア問題
まさにちょうど夜も眠れぬ日々を過ごしていた頃でした。
ただでさえ寝ない赤ちゃんで、明け方の5時までギャン泣き。
しかもその背後にある原因はどうやらそけいヘルニアらしい。
大泣きすると余計に内臓がはみ出しやすくなってしまうので、
とにかく泣かせないように、そのためにはミルクを足すように、
とのお医者様達からのお達し…。辛かったです…(ノД`;)


そんな怒濤の日々を過ごしていた私は、
文字通り、おそるおそるK先生のもとを訪れました。
第一、外界の光さえまぶしいくらいの産後女ですから。


初めてお会いしたK先生の印象は、とても自分に厳しそうな、
仕事に対して常に真摯に取り組む女性、という感じでした。
これはK先生の話し方がいつもはきはき、きびきびとしていて、
アドバイスが常に的確で、手技の腕も抜群だったからでしょう。


実際、H先生にK先生のことを聞いた時も、
「あの先生なら腕がいいからすぐに完母にしてくれるよ」
と言われていたくらいです。
しかし、その時のいたちむらは心身共に疲れ果てていたせいで、
いろいろな意味で強い人、素晴らしい人、立派な人と接すると
何というか、自分が壊れそうで、怖いような気がしていたんです。
それでK先生のところに行くのが正直少し不安だったのでした。


しかし、それは取り越し苦労でした。


H先生に訪問で診てもらっていたこと、ハゼ子の体重が増えないこと。
そけいヘルニアでミルクを足せと言われて悩んでいること。
夫婦そろって毎日眠れなくて辛いということ、
ミルク派の実母にはアンタの畑が悪いから乳が出ないんだ、
みたいなことを言われてショックを受けているということ…


気がつけば、手技をしてもらっている間にいろんな話を
ごく自然な形で受け止めてくれるK先生。
それはまるで、聖母マリアの包み込むような優しさでした。

「毎日そんなに眠れないなら、母乳が出にくくて当然よ!
よく頑張ってるわ、あなたも、ダンナさんも。
それに、そんないいダンナさんがいてあなた、幸せよ」


ケアしてもらっているのは、おっぱいだけではなかったのです。


これに対して、肝心の手技の方はまた違った凄さがありました。
H先生のほんわり温めるようなマッサージとはまた異なり、
ポイントポイントをしっかり押さえた痛快(?)な手技でした。
うぅ~っっっ、効くぅ~☆みたいな(笑)
でも、ぜんっっっぜん痛くないんです。
まあ、桶谷の手技はそもそも全然痛くないものなんですが。
いかにもすぐにおいしい母乳が大量に湧いて出そうな手技でした。


そして、その間のハゼ丸対策ですが。


こちらも全くぬかりがありませんっっ
「ヘルニアだから、泣かせちゃいけないんだものね」と言いながら、
慣れた手つきでハゼさんを抱っこしてくれるK先生。


しかし、手技の間は両手がふさがってしまうにもかかわらず、
我が家のギャン泣き赤ちゃんは以前の記事、
寝ない赤ちゃん対策グッズ ベビービョルンでお話しした通り、
先生の片方の足でボヨンボヨンと揺らされ、あやされておりました。
かつ、その状態でしっかりと私の話に耳を傾けて下さるK先生。
そのお姿はまるで千手観音のごとし…。
おかげで、K先生の手技の間は泣きハゼのBGMから解放され、
「静かだな…」とひとときの幸せを堪能する私がいました。


その後。


H先生の前評判通り、私はK先生のところに通い始めて
まもなく、完全母乳でいけるようになります。
ハゼさん生後2ヶ月の前半でありました。


しかし、それはK先生の熟練した手技の腕の良さだけでなく、
その的確なアドバイス、熱心な授乳指導、食事指導、
そして、いつ行っても包み込むような優しさで
受け止めてくれるようなあの場所のあたたかさが全て
相乗効果で私の体を癒してくれたおかげだと思っています。


結局、私はその後断乳までの約2年間、母乳がスムーズに
出るようになってからも乳質管理のために定期的に
K先生のもとに通うようになりました。
まあ実際のところ、乳質管理を名目に、本当は心のケアのため、
そして子育てのよもやまをただ聞いてもらうために行っていた
ような気もします…(´艸`*)先生、ありがとう…☆


さてさて。


もちろん、先生の手技がいくら素晴らしいとは言っても、
当然ながらそれだけでいきなり完母になれるわけではありません。


次回は、K先生のところで教わった母乳を出しやすくする
いろいろなアドバイス、ミルクを少しずつ減らしていく方法、
そしてその他いたちむらが気をつけたことなどをお話しして、
母乳話の完結編としたいと思いま~すε-(/・ω・)/読んでねっっ

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母乳で育てたい!母乳不足から完全母乳への道 完結編

母乳話も大詰めを迎え、ついに本日完結編ですっっ
今日のお話は母乳が少しでも出てほしい~!なママ必読です☆


桶谷式の助産院を開業するK先生に出会ってから、
(前回のお話、完全母乳への道 その5はこちらです~)
いたちむらの授乳環境はメキメキと進化していきました。
手技がいいのはもちろんのこと、先生の温かい人柄や
その場所に集まるお母さん達と交わす楽しい会話、
いろいろなものが当時の私のおっぱいに効いたのでしょう。


なかでも、K先生が要所要所で与えてくれるアドバイスで、
私はいろいろな「母乳を出しやすくするコツ」を学びました。


まず、夜の授乳は欠かさないこと。


理想的な授乳間隔は、ご存知の通り3時間おきといいますが、
大事なのは昼よりも夜中の3時間おき授乳の方なのです。
おっぱいはおそらくホルモンの関係で、夜中にたくさん作られます。
なので、夜中に赤ちゃんに吸われるという刺激がないと、
「じゃあもう必要ないのかしら?」と思ったおっぱいは、
あっさり分泌量を減らすようになるわけです。


なので、昼どんなにせっせと吸ってもらっていても、
夜中に3時間以上吸われないおっぱいを放置して
親子共々ドカ寝を繰り返してしまうともう大変です。
そうです。昼間のあなたの努力は報われないのであります。
働けど 働けど なお我が暮らし 楽にならざり じっと乳見る…(-_-)


そんなわけで、よく桶谷では、目覚ましをかけてでも
3時間おきに授乳する習慣をつけなさいと言われます。
そうやって親の方で起こして3時間のリズムを続けていくと、
いずれ赤ちゃんの方がそのリズムで起こしてくれるようになります。
お母さんの体も何となくそのリズムに慣れて夜中にふっと目覚め、
無事授乳が終わるとすっと眠りに入ることが出来るようになるのです。


ちなみに、私の場合はですね。


寝ないハゼさんという諸事情により、そこまで理想的な
リズムを持った生活が常に出来ていたわけではありません。
特に生後3ヶ月くらいまで、ヤツは例の「5時まで女」でしたし、
その明け方5時以降、午前10時くらいまでの約5時間が、
私にとっての唯一の睡眠時間でしたから、寝ハゼを尻目に
戦場に倒れるようにしてドカ寝する日々が続いていました。
これがおっぱいに良くないのは、言うまでもありません。


しかもその後、だいぶ寝付くのが早くなって来ても、
依然として夜の1時、2時就寝などは当たり前のハゼさんです。
私は、ただでさえ自分が少しでも睡眠をとりたいのに、
さっきまで寝付かせるのにさんざん苦労した我が子を、
それから3時間後にわざわざ目覚ましかけてまで起こすなど、
出来ればしたくないというのが正直なところでした。


でも、3時間ごとに吸ってもらわないと時々しこりが出来たり、
張って自分が苦しくなるのも確かなので、「なるべく3時間おき」
を目標に頑張っているうち、確かにリズムが出来ていきました。
その後、親子そろって時々ドカ寝をして、
朝ふとんに白い池(笑)が出来たりしたこともあったものの、
お互いが同じタイミングでふっと起きる、なんて時期もありました。
やはり生体にとって、リズムって大切なのですね。


それから、添い乳の禁止。


桶谷に通うお母さんには周知の事実だと思いますが、
桶谷式ではあのラクちんな添い乳を勧めていないのです(T△T)
これは、寝た姿勢で授乳するとゆがめ飲みの原因となり、
結果として吸われないまま溜まるお乳が生じたりして、
乳腺炎や白斑(乳首に白いプチっとした斑点が出来る)
の原因を作ってしまうからだと言われています。


実際、私も白斑、作ったことありますよ~。
気付いたら胸のしこりと一緒に、白いプチッとしたのが
乳首に出来ていて、これが痛いのなんのって!


この時K先生に「添い乳はお勧めしない」と禁止令を出されたのですが、
私の場合はただでさえハゼのせいで眠れないでいるという状況もあり、
その辺りも鑑みて、「まあ、あなたの場合は仕方ないものね」と
緩やかに見守ってくれたK先生でした。
桶谷認定者の中には、有無を言わさず添い乳を許さない、という
厳格な方もいるようですが、K先生はその辺寛大でした…(´∇`*)


そして、湧いてくる感覚をつかむこと。


これはK先生だけでなくH先生の時にも学んだことですが、
自分の目で母乳が出るのを見て、自信を持つのって大事ですね。
どうやるかというと、先日お話しした授乳ゴムみたいなもので
服をがばっとめくって、両方のおっぱいをまず出します。
もちろん、究極には上半身裸の状態でもOKです(〃艸〃*) キャ


片方の乳首に赤ちゃん、もう片方の吸われてない方の
乳首の真下にタオルなどを置いておきます。
最初はくちゅくちゅと小さく口を動かしていた赤ちゃんが、
ある時ごくん、ごくんと大きくあごを動かし飲み出す瞬間が来ます。
その時、飲まれていない方の乳首を見てみて下さい。
射乳反射でぽたぽたぽた…とおっぱいがあふれ出ます。


これを自分の目で見るのがすんごく大事です。


わぁ…湧いてる…と自分自身にフィードバックすること。
このぽたぽたが終わってからまたくちゅくちゅ飲みに戻ったら、
反対側の乳首に替えてみて下さい。そうすると、替えた方の
乳首はおっぱいが湧きやすい状態になっています。
1回の授乳でこの交替を2サイクル。長くても20分くらいです。


授乳に慣れない最初のうちは、こうして目で確認し、
ちゃんと出てるんだという自信を持ち、
乳首交替のタイミングをつかむのが本当に大切です。
いくら長い間くわえさせたままにしておいても、
湧くタイミングと乳首の交替がうまくかみ合っていないと、
結果的に効率よく飲ませることが出来ず、お母さんも疲れます。


人間って、やっぱり自信とかストレスとか、精神的な波に
ものすごく左右されやすいところってありますよね。
私も産後直後、親戚やお客さんとかが来ている時など、
別室で授乳していても自分自身何となく落ち着かないのか、
その瞬間だけ母乳が出にくくなるなんてことがありました。


そういう時は、乳首をくわえたハゼさんが必死の表情で
「あうあうあう…あうあうあう…」と悲痛な声を出し、
小さな両手をパタパタさせるんですよ。
当時そんなことが起こるのは決まって来客時のみ。
部屋一つ隔てているというのに、全くうぶないたちでした…。


あとは、水をよく飲むこと。


これはK先生のアドバイスですが、お茶類などよりも
純粋に水だけの方が母乳不足にはおすすめなのだそうです。
麦茶やお茶だと、利尿作用で外に出てしまいやすいですしね。
でも、最近はタンポポコーヒーや母乳用のハーブティなんかも
けっこういろんなのが出ていて、そういうのもいいですよね。
とにかく、水分量はめいっぱい摂るようにして下さい。


そうそう、ミルクの減らし方ですが。


ミルクは一日にあげる回数、一回にあげる量を少しずつ
様子を見ながら減らしていくのはもちろんですが、
最後に一回量が40mlとか20mlとかの少量になってきたら、
たとえば20ml分の粉(たいていサジ1杯分ですよね)を
30mlのお湯で溶くなど、薄めに作ってあげていくようにします。


そうやって脱ミルクをした後はどうしても体重の増えが悪くなり、
お子さんによっては逆に減ってしまう場合も多々ありますが、
一時的なものなので、少しの間母乳だけで様子を見ます。
また体重が徐々に増えてくるようになれば、めでたく完母です☆


一度軌道にのってしまえば、母乳育児ほどラクな子育ては
ありませんよね。あとはもうズボラ派の道をひた走るのみ( ̄~ ̄)
どうか一人でも多くのお母さんが、母乳育児を楽しめますように…
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当ブログの離乳食レシピや
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お知らせ下さいませ

はじめまして

寝ない赤ちゃん、抱っこ虫さん、夜泣き、母乳育児、毎日の離乳食、おもちゃ選び…などなど、はじめてのことばかりの育児。時には泣きたいことだってたくさんありますよね~。そんな悩めるお母さん(自分自身も含め)を応援するブログです!


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 2006年8月生まれの甘えっ子女児ハゼさんを猛烈育児中。寝ない+泣き虫+べったりの赤ちゃんと一日おうちでどう過ごす?寝ても覚めてもいっしょのハゼさんとの毎日、専業主婦の毎日をもっともっと楽しくしたい!と思って書き始めたのがこのブログ。超インドア派・体力ゼロのぐうたら母がハードなお子さんといかに楽しく&楽して過ごすかをつぶやくページです。
 2008年の春からハゼさんを保育園に預けて職場復帰。待機児童問題に巻き込まれ、数々の保育園転園を経験しつつ、2010年からやっと認可園に落ち着きました。ここ最近、やっと子育ての春がやって来た感じ?です。ハゼさんと過ごす日々は常にチャレンジの連続!笑いと涙のデパート!そんな日々をこれからもリアルタイムにお届けします♪

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自分の本は図書館で借りるいたちむらですが、ハゼさんの絵本はやっぱり自分専用のを用意してあげたいと思ってます。数は少なくてもお気に入りのものを…ハゼさん大好き絵本はこれ!

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いたちむらの親友で3人の子育て中ママから出産祝いに頂いたのがこれ。あおむしの食べた穴に指を入れたり、蝶々のページをパタパタさせたりといろいろ遊べるさすがのベストセラー。

★第2位★
どうぶついろいろかくれんぼ
たのしいおもちゃかくれんぼ

楽しい型抜き絵本。ページをめくるとかわいい動物さんやおもちゃ達が現れます。色使いがほんとにきれい!赤ちゃんでもめくりやすいページが嬉しいです。ハゼさん大好きなワンワンも、おままごとセットも出て来ます。

★第3位★
いないいないばあ

杉並区の4ヶ月検診時に頂いた絵本。赤ちゃんて いないいないばあ 大好きですよね~。ハゼさんもしょっちゅう絵本を持ってきて「やって~」とおねだりしてます。

村のおすすめアイテム

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おなじみのamazon。いたちむらは、本はもちろん赤ちゃんグッズもここをヘビーユースしてます。バンボはamazon限定色ミントグリーンを購入しました♪

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【ファーファハンドパペット】

これ、めっちゃかわいくないですか~??あのなつかしい洗剤CMのファーファがハンドパペットに!!唐突ですが、あまりにかわいいので載せちゃいます♪

【ゼノア化粧料通販】

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